山下一貴(やました いちたか)さんは、駒澤大学時代に駅伝で大活躍した後、三菱重工マラソン部に所属されている陸上選手です。
2023年3月5日に行われた東京マラソンでは、参加日本人選手のトップでゴール!
日本の若手マラソン選手の筆頭として、今後の活躍が期待されているトップアスリートです。
今回の記事では、そんな山下一貴選手の中学・高校についてプレイバック!
さらに、大活躍された駒澤大学時代を振り返り、現在マラソン選手として進化し続けている様子を戦績と共にご紹介いたします!
■山下一貴の出身中学は?
■山下一貴の出身高校は?
■山下一貴は駒澤大学で大活躍!
■山下一貴はマラソン選手として進化中!
山下一貴の出身中学は?
山下一貴選手は、長崎県長崎市出身です。
中学校は、地元・長崎市立滑石(なめし)中学校に通っていました。
長崎と言えば海が見える景色を想像しますが、山下一貴選手の地元は、海からは少し離れているようですね。
滑石中学校は公立中学ですので、山下一貴選手のご実家は、今でもこの校区内にあるのかもしれません。
中学時代の山下一貴選手については、陸上での戦績情報を見つけることができませんでした。
中学校の部活で陸上部に所属されていたようですが、陸上との出会いは淡白なものだったようです。
友人の誘いで中学から陸上を始め、当時は「中学で辞めるくらいの気持ちだった」と振り返る。
陸上を始めたきっかけは、友人からの誘いだったのですね。
しかも、中学3年間だけの限定くらいに思っていたと言いますから、運命ってどうなるかわからないもんですね。
山下一貴の出身高校は?
山下一貴選手は、中学卒業後、私立瓊浦(けいほ)学園 瓊浦高校に進学されました。
「瓊浦高校」って、めちゃくちゃ難しい校名ですね!
書けないし、読めない(笑)
文字を拡大して、ご紹介します!
「瓊」です!
瓊浦高校は、長崎県長崎市内にある私立高校で、山下一貴選手が通った滑石中学校からは電車で1時間くらいかかる場所にあります。
自宅から高校までの通学距離としては、結構遠いところにあったのですね。
この学校は、建学当時は女子高だったそうで、今から70年以上前の1949年に共学化されています。
山下一貴選手が所属していた陸上部は、山下一貴選手が高校3年生の時に長崎県代表として「全日本高等学校駅伝競技大会(2015年12月開催)」に出場しています。
瓊浦高校としては、この全国大会に出場されたのが実に16年ぶりだったようです!
現役選手たちはもちろん、多くのOBの皆さんが都大路を走る選手たちを応援されていたことでしょう。
12/20 第66回 男子全国高校駅伝
【瓊浦高(長崎)】
1区 香月翔太選手
3区 山下一貴選手
4区 片山拓海選手
7区 武末健志選手16年ぶりの都大路。お疲れ様でした。 pic.twitter.com/nX2QtzJ1fz
— manamin (@kinokonoko_2010) December 20, 2015
12/20 第66回男子全国高校駅伝
【第3区】(通過順)
山下一貴選手(瓊浦) pic.twitter.com/bQ9lEQREWJ
— manamin (@kinokonoko_2010) December 27, 2015
Twitterに記載されている通り、この試合では山下一貴選手は3区を任され、区間順位は6位。
山下一貴選手が高校生らしい坊主頭なのも、とっても新鮮に映りますね!
チーム順位は、参加47校の中で16位でした。
16年ぶりの参加で16位とは、まずまずの結果だったのではないでしょうか。
また、山下一貴選手は駅伝以外でも、トラック競技で結果を残しています。
高校3年生の時に参加した織田記念の5000mで優勝されています↓↓↓
織田記念
西日本ジュニア
男子5000mB優勝 山下一貴 瓊浦 14:49.73
②中平大二朗 大阪 15:00.20
③平田幸四郎 久御山 15:00.81 pic.twitter.com/Cz1f05eWZE— カープ駅伝坊や (@carpekiden) April 18, 2015
山下一貴選手は、高校時代に上記のような成績を残していたにもかかわらず、高校卒業後は進学せず、就職しようと考えていました。
しかし、高校2年生の時の担任の先生に「(陸上で)もっと上を目指せ」と言われたことが、大きな分岐点でした。
山下にとって人生の転機となったのが、長崎・瓊浦高2年時にあった担任教諭との面談だった。卒業後の一般就職希望を訴えると、予想外の返事が返ってきた。
「おまえはもっと上を目指せ」
しかも、最初に考えたのは、実業団で陸上を続ける道。
しかし、当時の山下一貴選手に実業団からのお誘いはありませんでした。
「大学で陸上をする」という気持ちは、全くなかった山下一貴選手。
特に「箱根駅伝にも興味がなかった」とは驚きです!!!
県内有数の強豪校で競技を続けたが、五輪や世界選手権を意識することはなく、箱根駅伝にも興味はなかった。
「勉強は嫌いだから」と就職を視野に入れて機械科に所属していたが、面談でその話はまったく出てこない。
根負けした山下は「それなら陸上をやるか」と方針転換。
実業団を志望しても当時の実力では取ってもらえず、
「しゃーなしで大学に行くことになった」
と誘いのあった駒大への進学を決めた。
「しゃーなし」で決めた駒澤大学への進学。
人生って、本当にどうなるかわからないものですね!!!
山下一貴は駒澤大学で大活躍!
山下一貴選手の名前が全国区になったのは、駒澤大学時代でしょう。
山下一貴選手は、2016年4月に駒澤大学に入学し、陸上部に入部されました。
しかし、入部当初は陸上部の1番下のCチームの練習にも全くついていけなかったそうです。
それでも、駒澤大学の大八木監督の指導のおかげで、ものすごい勢いでどんどん成長!!!
全国から集められたツワモノたちばかりの駒澤大学陸上部において、2年生から駅伝メンバーに選ばれます。
しかも、箱根駅伝では、2年・3年・4年の3回「花の2区」を走りました。
そんな選手、なかなかいないですよね!
山下一貴選手の大学駅伝の戦績は以下の通りです。
出雲駅伝 | 全日本大学駅伝 | 箱根駅伝 | |
1年生 (2016年度) |
(メンバー入りならず) | (メンバー入りならず) | (メンバー入りならず) |
2年生 (2017年度) |
(メンバー入りならず) | 8区(区間7位) | 2区(区間13位) |
3年生 (2018年度) |
(不出場) | 8区(区間2位) | 2区(区間9位) |
4年生 (2019年度) |
1区(区間2位) | 8区(区間3位) | 2区(区間13位) |
「箱根は、やっぱり、レースの規模や熱さが違います。実業団ですと、毎年レースがあるし、駅伝もあるので、何度でもやり直しがきくんです。でも、箱根は大学4年間でしか経験できない。限られた時間のなかだからこそドラマが生まれてくれると思います」#山下一貴 #駒澤https://t.co/8rOE0vkM4h pic.twitter.com/UHXDD9nnWM
— 集英社スポルティーバ (@webSportiva) May 24, 2022
駒澤大学陸上部の藤田敦史コーチ(2023年4月から監督に就任)は、山下一貴選手の箱根駅伝でのエピソードを以下のように話しています↓↓↓
「2区を走った時に中継所に出てくるのが遅くなっちゃって、タスキを慌てて受け取って走ったことあったんですけど、あの時だって笑いながら走っていったぐらいなんで。
そういうメンタルを持ってる子っていうのは、やっぱマラソンには向いてますよね」
先ほどご紹介した通り、山下一貴選手は箱根駅伝で“花の2区“を3回走っています。
その3回のうちのどの年なのかは明かしていませんが、1区を走っていた選手が予想より早く中継地点に迫ってきていたので、2区の山下一貴選手が慌ててタスキを受け取りスタートしたというのです。
普通だったら
「え???もう来たの???」
「ヤバい、心の準備が!!!」
と、焦ってしまいそうですよね。
そんな中でも、笑顔で走り出したという山下一貴選手。
大学生の頃から、すでにタダモノではなかったのですね。
山下一貴選手は、駅伝以外でも結果を残しています。
大学4年の関東インカレのハーフマラソンで2位!↓↓↓
10月14日 #出雲駅伝 まで #あと23日 !
#全日本大学駅伝 #箱根駅伝 へと続く #学生三大駅伝 の開幕戦!☆写真で振り返る2019学生中長距離篇☆
5.26 #関東インカレ 2部ハーフマラソン
優勝 #土方英和 #國學院大 4年
2位 #山下一貴 #駒澤大 4年
3位 #佐々木守 #上武大 4年 pic.twitter.com/iS6AtgTmOl— フジテレビ陸上 (@fujitvrikujo) September 21, 2019
山下一貴はマラソン選手として進化中!
山下一貴選手は、2020年3月に駒澤大学を卒業された後、三菱重工マラソン部に入部されます。
「マラソン部」という名称通り、大学卒業後に山下一貴選手がチャレンジしているのはマラソンです!
実業団駅伝でも活躍しつつ、マラソンに向かい合う日々が始まりました。
びわ湖毎日マラソン(2021.2.28)
山下一貴選手がマラソンに初チャレンジしたのは、2021年2月28日に行われた第76回びわ湖毎日マラソン!
この時の記録は、2時間08分10秒で18位という結果で、それまでの初マラソン日本記録を更新!!!
自らが主戦場に狙うマラソンで好スタートを切った成長株。
2024年パリ五輪も視野に入れながら
「1年目にいいマラソンができたのは大きい。
これが、たまたまだったとは絶対に言われたくない。
次のレースが大事だと思っている」
とさらなる飛躍を誓う。
引用元:長崎新聞(2021.3.4付)
大阪マラソン・びわ湖毎日統合大会(2022.2.27)
2度目のマラソンチャレンジは、初チャレンジのちょうど1年後に行われた、大阪マラソン・びわ湖毎日統合大会です。
この大会で、山下一貴選手は堂々の2位でフィニッシュ!
そのタイムは2時間7分42秒で、大会新記録でもあり、1年前の自己記録を更新!
さらに、2023年のMGC出場権も獲得しました。
MGCとは「マラソン(M)グランド(G)チャンピオンシップ(C)」のことを指します。
このレースは、2024年に行われるパリ五輪の選考会を兼ねています!
このレースで話題になったのが、山下一貴選手と浦野雄平選手(富士通)の「笑顔での先頭交代」です。
山下一貴選手と浦野雄平選手は同級生。
別々の大学に在籍していたものの、合宿で一緒に練習をするなど、親交がありました。
レース終盤、36kmを過ぎたあたりで先頭を走っていたのは山下一貴選手でした。
しかし、すぐ後ろを走っていた浦野雄平選手に「(レースを)引っ張ってくれ」と声を掛けて、お互いに笑顔で先頭を交代したのです!
長距離走の先頭を走る選手は、風を直接受けながらレースを引っ張るので、負担が大きいといいます。
ですから、同じチームの選手同士で先頭を交代し負担を軽減させながら、助け合うことはあります。
しかし、この時は旧知の仲とはいえ、別チームのライバル選手同士。
ですが、2人とも「お互いに良いレースをしよう!」という気持ちが通じ合い、笑顔での先頭交代となったようです。
しかし、結果的に、優勝したのは山下一貴選手でも浦野雄平選手でもなく、同じく先頭集団にいた星岳選手(コニカミノルタ)!
「(集団で)後ろを見たら浦野で、ペースを落としても引っ張ってくれなかったので声を掛けました。
結果的にどちらも優勝できなかったので申し訳ない形になりました」
と苦笑した。
↓こちらのTwitterの写真は、ちょうど先頭交代した前後の写真が使われています。
2人とも素敵な笑顔を見せていますが、36㎞の距離を先頭で走っている時に見せる笑顔とは思えませんよね(笑)
堂々の初マラソン日本最高 23歳の星「ちょっとできすぎ」 (産経新聞)
36?すぎ、先頭集団で力走する(左から)山下一貴、星岳、浦野雄平=2月27日、大阪市内(代表撮影)大阪市内で27日行われた大阪マラソン・びわ湖毎日マラソン統合…https://t.co/7DZ8KJgQs4#地域のニュース#ローカルニュース pic.twitter.com/Y620WaAJIN
— 地域のニュースと地震速報 たまに猫のジルとアーク (@cvb_224) February 27, 2022
「びわ湖毎日マラソン」は、日本の主要マラソン大会の中では最も歴史がある大会でした。
しかし、2021年2月に行われた大会を最後に、2022年からは「大阪マラソン・びわ湖毎日統合大会」と名称を変えて行われています。
なぜ、この2つのマラソン大会が統合されるに至ったのか、興味のある方はこちら!
東京マラソン(2023.3.5)
山下一貴選手のマラソン3回目のチャレンジは、2023年3月5日に行われた東京マラソンでした。
結果は、参加日本人選手トップでのゴール!
タイムは、2時間5分51秒で日本歴代3位の記録!
山下一貴選手自身としても、昨年の記録から約2分近くも更新されました。
走るたびに、自己ベスト!
本当に素晴らしいですよね!
【#東京マラソン 2023】
✅日本歴代3位となる2時間5分51秒
✅日本選手トップ
✨山下一貴 選手(長崎・三菱重工)#OneStepAhead pic.twitter.com/NNMeSDAOK4— 東京マラソン財団 (@tokyo42195_org) March 5, 2023
この日のレースの後、駒澤大学陸上部監督の大八木弘明さん(2023年3月末で退任)は、インタビューを受けて以下のようにコメントされました↓↓↓
「これは伸びると思っていた。
しっかり練習出来た子なので。
『将来はマラソンだ』と本人にも言っていて、こういう結果になってくれてうれしいですね」
引用元:日刊スポーツ(2023.3.5付)
大八木監督にとって、元教え子の活躍が嬉しくてたまらない様子が伝わってきますね!
山下一貴はなぜ三菱重工へ?
駒澤大学時代に、素晴らしい戦績を残した山下一貴選手。
大学卒業後の進路については、複数の企業から声がかかっていたのではと予想されます。
そんな山下一貴選手が選んだのは、地元・長崎に本拠地をかまえる「三菱重工」!
実は、山下一貴選手は高校卒業の時点で「三菱重工に入る!」と心に決めていたといいます。
先ほどもご紹介した通り、本当は大学にも行かず、高校卒業後すぐに入りたかった!
地元というところと、三菱が目指すスタイルがマラソン中心だからです。
僕は、高校を卒業する前から三菱に行きたかったんですが、行けなかった。
駒澤に入学すると、新入部員は大八木(弘明)監督の家で食事をさせてもらうんですが、一人ひとり目標を言うんです。
僕はそこで三菱に行きたいと監督に伝えました。
引用元:Twitterより抜粋
駒澤大学入学後すぐに、大八木弘明監督にその気持ちを伝えていたのですね!
そして、有言実行!
「三菱重工に入る」というブレない大きな目標があったから、大学時代にあれだけの戦績が残せたのかもしれません。
夢を叶えた山下一貴選手は、長年憧れていた三菱重工で益々ご活躍されることでしょう!
まとめ
今回の記事では、若手マラソン選手として注目を集めている山下一貴選手について、ご紹介しました。
山下一貴選手は、地元・長崎の公立中学校を卒業後、長崎市内にある私立瓊浦高校へ進学。
高校時代には、駅伝で全国大会にも出場されます。
高校卒業後は、駅伝の強豪校である駒澤大学に進学され、2年生からレギュラーの座を獲得!
駅伝を中心にトラック競技でも結果を残されました。
大学卒業後は、故郷・長崎を本拠地とする三菱重工マラソン部に所属され、マラソンにチャレンジ!
初マラソンから、毎回順調に記録を伸ばし続けていて、日本の若手マラソン選手の筆頭として、今後の活躍が期待されています。
山下一貴選手の今後の活躍が楽しみですね!
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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