山根視来選手は、2024年現在、アメリカのメジャーリーグサッカー・ロサンゼルス・ギャラクシー所属のプロサッカー選手です。
横浜桐蔭大学卒業後、2016年シーズンに湘南ベルマーレに入団し、プロ生活をスタートさせました。
2020年から川崎フロンターレに完全移籍し、シーズンを通じで大活躍!
初めてJリーグベストイレブンにも選ばれました!
さらに2021年には、日本代表にも選ばれました。
そんな山根視来選手の原点に注目!
お兄さんもサッカー選手?
父親、母親はどんな人?
山根視来選手のご家族について、徹底調査してみました!
◆山根視来の兄もサッカー選手?
◆山根視来の父母はどんな人?
山根視来の兄もサッカー選手?
山根視来選手は「兄の影響でサッカーを始めた」と言っていますので、お兄さんもサッカーをやっていたのは事実ですが、プロのサッカー選手ではありません。
しかし、「山根視来の兄もサッカー選手というウワサ」があるのか、そのようなキーワードでネット検索されることもあるようですね。
ただ、山根視来選手のお兄さんの「すぐ近く」に将来プロサッカー選手になった幼馴染がいたのは事実です!
その幼馴染とは、Jリーガーの高木俊幸(としゆき)選手と、弟の高木善朗(よしあき)選手です。
Jリーガーが幼なじみ!
山根視来選手のお兄さんと、高木俊幸選手は同級生で幼なじみ!
小学生時代は近くの公園で一緒にボールを追いかけ、一緒にあざみ野FCでサッカーに夢中になっていました。
そこには、弟である山根視来選手も、そして高木俊幸選手の弟の高木善朗選手も、混じることがありました。
すごい4人組だと思いませんか???
山根視来選手の兄 | 1991年(または1992年) | プロ選手にはならず |
高木俊幸選手 | 1991年5月25日生まれ | ジェフユナイテッド市原・千葉所属 |
高木善朗選手 | 1992年12月9日生まれ | アルビレックス新潟所属 |
山根視来選手 | 1993年12月22日生まれ | ロサンゼルス・ギャラクシー所属 |
山根兄弟、高木兄弟、共に横浜市青葉区あざみ野出身で、タイミングは多少違いますが、4人とも「あざみ野FC」でサッカーを始めています。
さらに、その後、東京ヴェルディの下部組織に進んだというところまで一緒!!!
山根視来選手は、川崎フロンターレ公式HP内のインタビューで、子供時代のことを振り返ってコメントしています。
もともと2個上の兄が高木三兄弟の長男である高木俊幸(C大阪)と仲が良かったことから、学校が終わった後に一緒にサッカーをする機会も多かった。
その仲の良さは「山根家対高木家みたいなことになって、お互い負けたくないから思い切りユニフォーム引っ張りあって父に全員が怒られる、なんてこともありましたね」と笑うほどだ。
引用元:川崎フロンターレ公式HP
「上手い人たちが周りにいる環境でやっていたので、自然と目標がプロサッカー選手になっていましたね。
それに1個上のよっちゃん(高木善朗)は、ずっとそういう志を持ってやっていたのを覚えている。
ライバルというより、常に前を行っている人、みたいな感じでした」
引用元:川崎フロンターレ公式HP
高木俊幸選手の方も、当時を振り返って、インタビューで以下のように答えています。
「あざみ野FCは土日や祝日しか活動がなかったので、平日は毎日、公園で一緒にボールを蹴っていた。
僕がまだサッカーを始めたばかりの、リフティングが数回しかできなかったころ、山根のお父さんにサッカーの基礎の基礎を教えてもらった」
引用元:BLOGOLA
同級生のお父さんに、近所の公園でサッカーを教えてもらう。
どこにでもあるような公園で、そうやって練習していた少年たちが、3人もプロ選手になるなんて!
山根視来選手のお兄さんは、自分の弟だけでなく、幼馴染の親友と、その弟までもがプロサッカー選手になったことになりますね!
本当は、お兄さんもプロになりたかったのでは?
もしかしたら、色んな想いがあるのかもしれませんが、今は、あちこちの応援が大変ですね!!!
⚽️GOAL⚽️
前半29分
2 #山根視来🏆#キリンカップサッカー 2022
🇯🇵#SAMURAIBLUE 1-0 ガーナ代表🇬🇭⌚️18:55KO
地上波 #TBS で只今放送中📺(一部地域除く)#TVer でライブ配信📱https://t.co/woUPEGRp2d#jfa #daihyo #サッカー日本代表 pic.twitter.com/ziqF6wmnhQ— サッカー日本代表🇯🇵6.10vs🇬🇭/6.14@吹田 (@jfa_samuraiblue) June 10, 2022
🎉 #HappyBirthday 🥳
高木俊幸選手、
誕生日おめでとうございます🎊
1991.05.25👏#高木俊幸 #ACL2017 準々決勝 pic.twitter.com/ofNCEmWac2— AFCチャンピオンズリーグ公式 (@TheAFCCL_jp) May 25, 2021
【 選手契約締結のお知らせ 】
この度、アルビレックス新潟に所属する
高木 善朗選手(@yyyoshiaaaki18 )が
Team NORMに加入しました⚽️昨シーズン、リーグ戦全試合先発出場し大活躍した
高木 善朗選手を
NORMは全力でサポートします❗️#アルビレックス新潟#高木善朗#TeamNORM pic.twitter.com/9lKW6dUQki— NORM (@norm_nutrition) January 22, 2022
山根視来の父母はどんな人?
まずは、山根視来選手に(そして高木兄弟にも)サッカーを教えてくれた父親について、ご紹介しましょう!
山根視来の父親
山根視来の父親については、一般の方ということで詳細の情報は入手できませんでしたが、サッカー好きなのは間違いありません。
ご自身も、子供の頃からサッカーに親しんでいたのでしょうか。
息子2人がサッカーを始めたのは、父親の影響があったようです。
また、息子2人が所属していたあざみ野FCでは、子供たちの父親同士でもサッカーを楽しんでいたようで、山根視来選手の父親は、そのチームに入っていました。
きっと運動神経抜群のお父さんなのでしょうね!
先ほど、山根視来兄弟の幼馴染である「高木兄弟」についてご紹介しましたが、高木兄弟の父親は、元プロ野球選手の高木豊さん!
高木善朗 選手のパパ、高木 豊さんがビッグスワンに来場! #albirex pic.twitter.com/oZ3VU5Xy4P
— Officialひげちゃんdism (@hige_skier) August 22, 2021
山根視来のお父さんと高木豊さんも、父親同士とても親しい間柄!
高木豊さんが、子供たちが幼かった頃を振り返ってコメントしている記事を見つけました。
視来の兄さんと長男・俊幸(J2千葉)が、あざみ野FCで同級生で、そこから山根家との付き合いは始まりました。
視来と善朗(次男、J2新潟)が幼稚園の頃から、互いの家の間にある「前田公園」で毎日のように一緒にサッカーをしていました。
子供たちは「前田FC」と呼んでいましたね。
引用元:スポーツ報知
高木豊さんは元プロ野球選手ですから、きっと運動神経抜群!
サッカーは専門外とはいえ、子供相手に一緒にサッカーボールを追いかけることもあったようです。
よくやったのは、視来のお父さんと僕も入っての3対3。
もうガチですよ。みんな負けず嫌いなので、ユニホームを引っ張り合いになるぐらい(笑い)。
本当の旧友ですね。
引用元:スポーツ報知
なんとも素敵なエピソードですね!
さらに!
山根視来選手の人生の大きな岐路に影響を与えたのが、父親と高木豊さんなのです!
山根視来選手が高校2年生の時に、東日本大震災が起こりました。
当時、山根視来選手は実家を離れて、茨城県にあるウィザス高校(現・第一学院高等学校)で寮生活をしていました。
地震の影響で、高校の寮の建物は歪み、サッカーの練習もできず、横浜の自宅にいったん引き上げることに。
その際に、高校の監督からは「近所の高校や大学に自分で連絡をとって、練習させてもらえるなら練習させてもらうように」と言われていました。
さて、どこで練習できるだろうか。
山根視来選手は父親に相談。
お父さんは、旧知の仲である高木豊さんを介して、当時桐蔭横浜大の監督だった風間八宏氏と面識があり、さらにその頃コーチを務めていた八城修氏とも仲が良かった!
そこで、八城修さんから紹介してもらう形で、桐蔭横浜大学サッカー部の練習に参加できることになったのです!
「父が連絡先を知っていて、八城さんも僕のことを覚えていてくれていたんです。
それで『お願いします』と言ったら、サッカー部の活動に入れてもらえることになりました」
引用元:川崎フロンターレ公式HP
短期間とはいえ、高校生でありながら、大学サッカー部でハイレベルな練習をする機会を得たこと。
それだけでも、本当に貴重な経験ですよね?
さらに、このことがきっかけとなり、高校卒業後、横浜桐蔭大学に進学することになるのです!
というわけで、お父さんの人脈が、山根視来選手の人生に大きな影響を与えることになりました!
山根視来の母親
山根視来選手の母親についても、一般の方ということで詳細については情報はありませんでした。
しかし、山根視来選手の子供時代のエピソードを見つけましたのでご紹介します。
山根視来選手は、幼稚園の年中の頃にあざみ野FCに入団。
小学校4年生の時に、東京ヴェルディジュニアに移りました。
東京ヴェルディのチームに入るためには、セレクションに合格しなければなりません。
この時の、山根視来少年に対する母親の言葉がとても素敵なのです!
覚えているのは母にヴェルディを受けるならあざみ野は辞めなさいと言われたことです。
あざみ野FCの仲間を裏切ることになるのだから、後ろを断ってからセレクションを受けなさいと言われた。
自分が上に行くためにセレクションを受けるのに、落ちたら『また戻ってきます』は違うなと。
だから、ちゃんと辞めてから受けに行きました」
セレクションには、多くのサッカー少年がエントリーし、合格するのは本当に少数精鋭の限られた子供たち。
それでも「辞めてから受けなさい」というのは、なかなか言えないセリフです!
とっても素敵なお母さんだと思いませんか?
まとめ
今回は、2024年現在、ロサンゼルス・ギャラクシーで活躍中の山根視来選手のご家族について、調査してみました。
お兄さんもサッカー選手なの?というウワサもあるようですが、お兄さん自身はサッカー選手ではなく、高木俊幸選手と同級生の幼馴染ということがわかりました。
また、高木俊幸選手、高木善朗選手とは、お二人の父親である元プロ野球選手の高木豊さんを交えて家族ぐるみのお付き合いをされていることが分かりましたね。
山根視来選手のサッカー人生に多くの影響を与えた父親、母親についてもご紹介しました。
これで、山根視来選手が育ったご家庭の雰囲気がなんとなくわかったような気がしますね!
これからも、山根視来選手の活躍に注目していきたいと思います。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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