山田新の高校はどこ?大学は桐蔭横浜でインカレの劇的決勝弾で大学日本一に!

サッカー
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今回の記事では、2023年の春、大卒ルーキーとして川崎フロンターレに入団された山田新(やまだ しん)選手についてご紹介します。

山田新選手の通っていた高校はどこ?

大学は、桐蔭横浜大学で、大学最後のインカレでは、山田新選手の劇的な決勝弾で大学日本一に!

「即戦力でしかない!」と期待されて入団した山田新選手について、皆さんにご紹介します!

さらに、山田新選手の中学時代についても、お伝えします!

▽この記事でわかること▽
山田新の高校はどこ?
■山田新の大学は桐蔭横浜!
■山田新の劇的決勝弾で大学日本一に!
■山田新の中学はどこ?
■山田新のプロフィール

 

山田新の高校はどこ?

山田新選手は、横浜市立市ヶ尾中学校を卒業後、2016年4月に神奈川県立新栄(しんえい)高校に進学されました。

山田新選手のご実家が東急田園都市線の市ヶ尾駅近くだとしたら、高校まで30分~40分程度で通える距離です。

【神奈川県立新栄高校】
神奈川県横浜市都筑区新栄町1-1
【最寄り駅】
横浜市営地下鉄ブルーライン
仲町台駅まで約700m

山田新選手は、高校時代も学校のサッカー部ではなく、川崎フロンターレのU-18でサッカーを続けました。

山田新選手の高校時代の戦績として、プリンスリーグの試合結果をまとめてみました。

順位 勝点 得点 失点 得失点
2016年(高1) 4位 29 25 23 +2
2017年(高2) 4位 30 28 22 +6
2018年(高3) 6位 22 33 32 +1

高校1年・2年の時には、関東4位という順位でしたが、最高学年である3年生の時に関東6位に沈んでしまいました。

山田新選手にとって、これはとても悔しい結果だったようです。

川崎フロンターレ公式ホームページの選手紹介のページにも、

『サッカー人生で一番悔しかった試合は、高校3年生の時のプリンスリーグ』

と答えています。

しかし!

2018年のプリンスリーグで、川崎フロンターレU-18の総得点数33点のうち、山田新選手が入れたのは14点!

得点数だけで判断してはいけない部分もあるかとは思いますが、この年のチーム内最多得点を挙げています。

ちなみに!

同じく2018年のプリンスリーグで、チームメイトだった宮代大聖選手の得点数は9点でした。

 

当時、川崎フロンターレのU-18で一緒にプレーしていたのが、同級生の宮代大聖選手!

山田新選手は、高校卒業後、大学進学の道を選びましたが、宮代大聖選手は高卒ルーキーとして川崎フロンターレに入団!

その後は、レノファ山口や徳島ヴォルティス、サガン鳥栖と渡り歩き、2023年シーズンから川崎フロンターレに復帰!

つまり、山田新選手と宮代大聖選手は、2人同時に、再びフロンターレでプレーすることになりました。

※宮代大聖選手は、2024年1月6日フロンターレを離れ、ヴィッセル神戸に完全移籍されました。

↑右側が山田新選手で左側が宮代大聖選手です!

 

なお、2021年には川崎フロンターレU-18はプリンスリーグで優勝を果たし、プレミアリーグへと昇格!

それだけでもすごいことなのに、なんとEASTで堂々の優勝!

プレミアリーグのファイナルでは残念ながらサガン鳥栖U-18に敗れたものの、素晴らしい成績を残してくれました。

川崎フロンターレの下部組織の後輩たちが、どんどん育ってきていますね!

 

【追記/2023年2月】
川崎フロンターレU-18時代の1年後輩で、同じ高校・同じ大学でプレーをしていた山内日向汰選手の川崎フロンターレ入りが発表されました!
※ちなみに、山田新選手と山内日向汰選手は、お誕生日まで同じです(1歳差)!

 

山田新の大学は桐蔭横浜!

山田新選手は、2019年4月、横浜にある「桐蔭横浜大学」に入学されました。

在籍されている学部は、スポーツ健康政策学部/スポーツ健康政策学科です。

山田新選手は、大学在学中に体育の教員免許を取得されたようですよ!

 

川崎フロンターレにとって、桐蔭横浜大学はとても縁が深い大学です。

桐蔭横浜大学と、川崎フロンターレの練習場所である麻生グランドは、車で30分もかからない距離にあり、学生が練習に参加したり、沖縄キャンプや海外遠征に同行するなど、普段から交流があります。

桐蔭横浜大学から川崎フロンターレに入団された選手としては、2023年シーズンにキャプテンを務めた橘田健人選手(2020年度卒)をはじめ、日本代表としてW杯にも出場した山根視来選手(2015年度卒※。メジャーリーグサッカー・ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍)早坂勇希選手(2021年度卒)も桐蔭横浜大学の卒業です。

※元川崎フロンターレで現在はモンテディオ山形所属のイサカ・ゼイン選手も2019年度卒です!

2022年度卒の山田新選手が川崎フロンターレに入団されたことで、桐蔭横浜大学からは4年連続の入団ということになります。

 

【追記/2023年2月21日付】
桐蔭横浜大学から5年連続の川崎フロンターレ入りが決定!
山田新選手のU18時代からの1年後輩、山内日向汰選手の入団が発表されました!

 

※山内日向汰選手は、2022年11月に川崎フロンターレがベトナム遠征をおこなった際に、山田新選手と共に同行し、試合にも出場されました!↓↓↓

 

山田新が桐蔭横浜大学を選んだ理由

山田新選手が桐蔭横浜大学に進学されたのは、2019年4月。

山田新選手が、高校卒業後の進学先として桐蔭横浜大学を選んだ理由は、以下の通りです。

①関東一部の高いレベルの中でプレーしたかった。

②練習に参加した時に技術レベルの高さを感じた。

③チームの雰囲気が良かった。

④川崎フロンターレU-18の先輩である早坂勇希選手が在籍していたから。

⑤実家から大学まで近かったから。

情報元:サッカーママ

桐蔭横浜大学サッカー部は、2000年に神奈川県リーグ1部初優勝。

2006年には関東リーグへと昇格、2013年には天皇杯初出場を果たします。

毎年、着実に進化を遂げてきた桐蔭横浜大学。

山田新選手は、そんな右肩挙がりの勢いあるチームでサッカーをしたいと思っての選択だったのでしょう。

実際に、山田新選手が大学に入学された2019年には、関東リーグ1部で準優勝し、全日本大学サッカー選手権大会に初出場!

その勢いのまま決勝まで勝ち進み、延長戦の末に明治大学に1-3で敗れたものの見事準優勝という成績を残されました。

歴史としては、まだ新しい大学ではありますが、ここ10年くらいの間にどんどん力を付けていて、今やサッカーファンにはお馴染みの強豪大学となりました。

そして、記憶に新しいのは、山田新選手が大活躍された「第71回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)」ですよね!

2023年1月1日に行われた決勝戦を制して大学日本一に輝いたのは、桐蔭横浜大学!

悲願の初優勝となりました!

この試合については、後ほど!!!

 

また、1学年先輩の早坂勇希選手とは、U-18時代から同じチームでプレーしていましたが、大学在学中にはお互いに大学選抜に選ばれて、代表でも一緒に試合に出場されています。

同級生の宮代大聖選手だけでなく、昔からよく知った仲である先輩が同じチームにいるということは、とても心強いでしょうね!

 

山田新は2022年8月にJリーグデビュー!

山田新選手は、2022年6月に川崎フロンターレの特別指定選手としてトップチームに登録されています。

登録されただけでなく、8月3日には早くもJリーグデビュー!

この日は、ルヴァンカップ準々決勝(対セレッソ大阪戦)だったのですが、川崎フロンターレのチーム内に複数の新型コロナ感染者が出てしまい、プレーヤーの人数が足りないという不測の事態に!

そこで、急遽先発デビューを果たすことになった山田新選手。

そんな事情があっての出場ではありましたが、実際に大学生のうちにプロの試合を経験したことで、多くの収穫があったことでしょう。

この試合を振り返って、山田新選手は「圧倒された。点が取れなかった」とコメントされています。

山田新の劇的決勝弾で大学日本一に!

山田新選手の大学時代の集大成となったのが、先ほど少し触れた「第71回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)」です。

2022年12月8日から2023年1月1日にかけて行われたこの大会で、桐蔭横浜大学は決勝進出!

決勝の相手は、新潟医療福祉大学でした。

前半が終わった時点で新潟2-桐蔭1というスコア。

後半に入り、追加点を入れた桐蔭は同点に追いつくも、試合の残り時間はわずか。

アディショナルタイムは3分という中で、その3分が終わる直前に山田新選手が劇的ゴールを決めました!

これが決勝点となり、桐蔭横浜大学が初の大学日本一に輝きました!

さらに、山田新選手はMVPにも選ばれました!

先ほどもご紹介した川崎フロンターレ公式ホームページの選手紹介のページには、

『サッカー人生で一番嬉しかった試合は、大学4年生のインカレ決勝』

と答えています。

山田新の中学はどこ?

山田新選手は、神奈川県横浜市の出身です。

中学校は、横浜市立市ヶ尾中学校に通っていました。

公立中学校ですので、山田新選手のご実家はこの校区内にあると思われます。

サッカーについては、学校の部活ではなく、川崎フロンターレの下部組織「川崎フロンターレU-15」でプレーしていました。

【横浜市立市ヶ尾中学校】
神奈川県横浜市青葉区市ケ尾町531-1
【最寄り駅】
東急田園都市線
市ヶ尾駅まで約1km

先ほど、山田新選手は横浜市出身とご紹介しましたが、小学生時代に静岡県浜松市に住んでいた時期があったようです。

というのも、山田新選手のサッカー歴を調べたところ、小学生時代に「鴨江(かもえ)FC」というサッカーチームに在籍していた期間があることが分かりました。

この鴨江FCは、浜松市にあるサッカーチームで「浜松市立鴨江小学校をホームグランドに活動している少年サッカーチーム」とのこと。

山田新選手は、小学生の頃の数年間「鴨江小学校」に通っていた可能性がありますね。

 

その後は「翠翔(すいしょう)FC」というチームに在籍していて、このチームは横浜市鶴見区にあるチームです。

山田新選手は、一時期浜松市に住んでいたものの、小学校の後半には横浜市に戻ってきて、市ヶ尾中学校に入学されたのではと予想しました。

山田新のプロフィール

川崎フロンターレの公式ホームページには、全選手の詳細なプロフィールが掲載されています。

もちろん、その中には山田新選手についても、かなりのボリュームでプロフィールが紹介されていますので、その中からピックアップしてお届けします!

 

詳細をご覧になりたい方は、川崎フロンターレ公式ホームページ山田新選手紹介ページをご覧ください!

 

山田新選手には、お兄さんがいることがわかっています。

というのも、サッカーを始めたきっかけについて「4歳の頃に、兄の影響で」と答えているからです。

Jリーガー・山田新選手が誕生したのは、お兄さんのおかげですね!

氏名 山田 新(やまだ しん)
生年月日 2000年5月30日生まれ
出身地 横浜市
年齢 2024年5月30日で24歳
血液型 A型
身長/体重 175cm/75Kg
利き手/足 右/右
足のサイズ 28.0cm
ポジション フォワード
代表経験 大学時代U-23日本代表
全日本大学選抜
サッカー選手に
なっていなかったら
TikToker
子供の頃の夢 サッカー選手
好きな芸能人 松本人志
広瀬すず
好きな女性のタイプ 笑う人
チャームポイント すきっ歯
好きな食べ物
チョコレート
いちご
好きな映画 ハリーポッター
好きな漫画 キングダム
ストレス発散法 運動をする
クセ 指を鳴らす

まとめ

今回の記事では、2023年春に大学を卒業し、川崎フロンターレへ入団された山田新選手についてご紹介しました。

山田新選手の中学・高校時代は、学校の部活ではなく、川崎フロンターレの下部組織であるU-15やU-18でプレーされ、大学は川崎フロンターレとも縁が深い桐蔭横浜大学に進学されました。

大学時代には、最終学年の4年生で見事に大学日本一にも輝き、気持ちよく大学を卒業できましたね!

高校卒業以来、4年ぶりに川崎フロンターレへ戻って来る山田新選手。

多くのサポーターの皆さんが「お帰りなさい!」という気持ちで、山田新選手のトップチーム入りを大歓迎しています!

これからの山田新選手の活躍がとっても楽しみです!

 

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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