四十住(よそずみ)さくら選手は、2021年夏に開催された東京オリンピックで、女子スケートボード/ パークの初代金メダリストになりました!
スケートボード競技は、この東京オリンピックをきっかけに大注目されるようになりましたね。
四十住さくら選手は、2024年パリオリンピックにも出場されます。
今回の記事では、四十住さくら選手の国籍や両親・兄弟などご家族について調査していきます!
パリオリンピックのスケートボードパークに出場された四十住さくら選手でしたが、残念ながら予選敗退となってしまい、決勝に進むことができませんでした。
■四十住さくらの国籍は?
■四十住さくらの両親(父母)はどんな人?
■四十住さくらの兄弟はどんな人?
■四十住さくらのプロフィール
四十住さくらの国籍は?
四十住さくら選手の国籍については、たびたび話題になってきました。
しかし、四十住さくら選手の国籍は、「日本」です。
一時期、四十住さくら選手の国籍は「韓国」なのではないかというウワサが出回ったことがあります。
しかし、四十住さくら選手は和歌山県生まれで、ご両親も海外にルーツがあるという情報は見つかりません。
ご両親を含め、ご家族全員が日本人だと思われます。
四十住さくら選手のWikipediaを見ても、「日本」と記載されています。
では、なぜこのようなウワサがあったのでしょうか。
その根拠については、推測でしかありませんが、四十住さくら選手の切れ長な目が原因かもしれません。
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一般的に、日本では「韓国人は切れ長の目をされている方が多い」と認識されています。
実際には、韓国人にも色々なお顔立ちの方がいらっしゃるし、それは日本人も同じですよね。
また、「四十住」という珍しい名字からも「日本人じゃない可能性がある?」と思われたのかもしれませんね。
確かに、「四十住」という名字は、かなり珍しいと思います。
調べたところ、日本全国で「四十住」姓の方は、およそ180人しかいないそうです!
四十住さくらの両親(父母)はどんな人?
それでは、四十住さくらさんのご両親について、ご紹介します!
四十住さくら選手のお父さんは、四十住和次さん。
そして、四十住さくら選手のお母さんは、四十住清美さんです。
四十住さくら選手の現在の活躍ぶりは、ご両親のサポートなしにはあり得ませんでした。
どの競技の選手も、まず最初のサポーターは、ご両親ですよね!
というわけで、四十住さくらさんのご両親について、深掘りしていきます!
四十住さくらの父・和次さん
四十住「さくら」というお名前は、父・和次さんが名付けたそうです。
日本を代表する花の「桜」は、とても美しいですが、すぐに散ってしまう儚さをあわせもっていますよね。
ですから、「ずっと散らないように」という願いをこめて、ひらがなの「さくら」にしたそうです。
なんとも、ロマンチックなエピソードですね!
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↑こちらのInstagramは、四十住さくらさんの母・清美さんが2016年2月にポストされたものです。
この日は、父・和次さんのお誕生日のお祝いをしたそうです!
親子で仲良さそうな様子が伝わってきますね!
四十住さくら選手の父・和次さんは、娘・さくらさんがスケートボードの練習がいつでもできるように、ご自宅の庭に専用の練習場を作ったことで知られています。
四十住さくら選手は、和歌山県岩出市出身。
スケートボードを始めたのは、お兄さんがやっているのを見て、自分もやりたい!と思ったから。
当時、四十住さくら選手は小学校6年生でした。
残念ながら、ご自宅の近くには本格的なスケートボードパークがありませんでした。
しかし、すぐにスケートボードの魅力に取りつかれた四十住さくら選手。
約1年間は、大阪のスケートボードスクールに通いました。
その距離は、自宅から車で片道100km以上!
時々なら何とかなりますが、週に何度も往復するのは、かなり厳しいですよね。
さらに、スケートボードスクールだけでは、十分な練習時間が確保できません。
というわけで、お父さんが一念発起!
「ないなら、作ろう!」
ということで、およそ170万円(※180万円説もあり)をかけて、自宅の庭に練習場を作ったのです!
そのおかげで、毎日、いつでも練習ができるようになった四十住さくら選手。
これがきっかけで、四十住さくら選手のスキルがグングン上達したのは間違いありません。
なんとも娘さん思いのお父さんなのでしょう!
↓こちらは、2015年5月(中学2年生)の時のポストです。
これが、お父さんが作ってくれた自宅の練習場だと思われます!
なかなかの広さですし、本格的ですよね!
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お父さんは、四十住さくら選手がスケートボードを始めた当初、スケートボードをやることに反対されていたそうです。
お父さんだけでなく、実はお母さんも反対していました。
今でこそ、スケートボードは知名度も上がり、スポーツ競技として認識されるようになりましたが、昔は「遊び」のひとつという感覚でしたよね。
周りに、スケートボードをやっている人も、多くなかったことでしょう。
しかも、骨折することも日常茶飯事のハードな競技。
女の子のお父さんとしては、反対する気持ちも理解できます。
しかし、四十住さくら選手のスケートボードに対する本気度が伝わり、応援してくれるようになったそうです。
応援すると決めた後は、全力でサポート!!!
先ほどご紹介したように、自宅に練習場を作っただけでなく、試合に参加する際や、遠征に行く時にも、送迎はもちろん、資金面でも全面的にサポート!
住んでいたのが和歌山県ということもあり、試合会場なども遠いことが多かったと思いますので、その移動距離は半端なかったのではないでしょうか。
資金面の援助って、本当に必要なことですよね!
お父さんが作ってくれた練習場を巡って、トラブル発生???
詳しくはこちらをご一読ください↓↓↓
四十住さくらの母・清美さん
四十住さくら選手の母・清美さんも、お父さんに負けていません!
もともと、四十住さくら選手のお母さんは専業主婦ではなく、お仕事をされていました。
残念ながら、お仕事の内容までは分かりませんでした。
しかし、四十住さくら選手が本格的にスケートボードに取り組むようになったことで、仕事を退職!!!
全面的に、サポートすることを決意されました。
専属マネージャーであり、専属運転手の誕生です!
四十住さくら選手のWikipediaに、中学生当時にどのような一日を過ごしていたのか、詳しく掲載されています。
その他のインタビュー記事などの情報も加え、一覧にしてご紹介しますね。
6時半起床 | 自宅で朝練 |
8時頃 | 中学校へ |
15時半帰宅 | 帰宅後1時間ほど自宅で練習 |
16時半頃 | 塾へ行って2時間ほど勉強 |
18時半過ぎ | 大阪のスケートボードスクールへ出発 |
20時~22時 | スケートボードレッスン+自主練 |
22時~24時頃 | 大阪市内で自主練 |
24時~25時半頃 | 大阪から和歌山の自宅へ |
25時半~26時頃 | 自宅で自主練 |
なんとも信じられないスケジュールですよね!
きっと、移動途中の車の中で食事を済ませたり、仮眠をとっていたのだと思います。
この生活をフォローするなら、お母さんは仕事を辞めざるを得ませんよね。
四十住さくら選手は、中学卒業後、和歌山県橋本市にある和歌山県立伊都(いと)中央高等学校に進学。
この高校の、定時制昼間コースに通われました。
【和歌山県立伊都中央高等学校】 | |
所在地 | 和歌山県橋本市高野口町名古曽558 |
公式ホームページ | https://www.itochuo-h.wakayama-c.ed.jp/ |
四十住さくら選手が入学されたのは、2017年4月。
卒業されたのは、2021年3月で、4年間在籍されました。
ちなみに、大学へは進学されていません。
高校生の頃の四十住さくら選手のスケジュールは、以下の通りです。
6時半起床 | 自宅で朝練 |
午前中 | 高校で授業 |
午後 | 神戸の練習場へ |
深夜 | 神戸から帰宅 |
深夜 | 自宅で自主練 |
土日は、朝から晩まで、神戸の練習場で過ごしていたようです。
お母さんは、それらの練習すべてに付き添われていたようです。
時にはお父さんに任せたり、またはお2人揃って同行されていたこともあったでしょう。
四十住さくら選手が結果を出すようになり、遠征に行くことも増えてきてからは、いつも帯同。
海外へ行くときも、もちろん同行されていました。
こちらのInstagramは、2024年4月21日にポストされたもの。
この日は、母・清美さんのお誕生日ピザパーティーをされたようです!
スケートボード仲間も一緒にお祝いしてくださっていますね!
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四十住家の破産危機!
四十住さくら選手一家は、一時期、破産の危機にあったと報じられています。
その理由は、四十住さくら選手のスケートボードに係る費用を捻出するために、財産のほとんどをつぎ込んでしまったから!
先ほどご紹介したように、170万円と言われる費用をかけて自宅に練習場を作成。
実家のある和歌山から、大阪や神戸のスケートボードスクールに通う日々。
交通費(ガソリン代や高速料金)だけで、1か月17万円になることもあったとか。
スケートボード(デッキ)やシューズも、1か月ももたないくらいの頻度で消耗し、買い替えが必要です。
さらに、四十住さくら選手が望めば、海外のスケートボードパークへ武者修行に出かけたことも。
海外での試合に出場するためにも、渡航費・滞在費など、かなりのお金が必要です。
遠征先のホテル代を削るために、車内泊をするなど、工夫を重ねてきたそうです。
しかし、住宅ローン返済に貯めていたお金はもちろん、学資保険も解約。
もっていた財産のほとんどを使ってしまったことで、破産の危機に陥ってしまったのです。
しかし、四十住さくら選手は、プロとしてのキャリアをスタート!
スポンサーもつき、数々の大会で賞金を得ることも増えてきました。
今までの、家族全員での頑張りが、花開いたのですね!
ご両親も、経済的なことで、娘・さくら選手の夢を諦めさせることになるのは、親として耐えられないほど辛いことだったと思います。
それが、何とか回避できて、本当に良かったですね。
2021年には東京オリンピックに出場し、金メダルを獲得されました。
ご本人はもちろんですが、ご両親にとっても今までの苦労が報われた瞬間だったのではないでしょうか。
19歳四十住さくらがスケボーで金 恩師が証言する“負けず嫌い伝説”「5時間滑り続ける」「テレビは一切見ない」(吉田佳央)#東京五輪 #Tokyo2020 #四十住さくら #スケートボード #女子パーク #金メダル #スケボー #岡本碧優 https://t.co/9Pwqcyynzg
— Number編集部 (@numberweb) August 4, 2021
四十住さくらの兄弟はどんな人?
四十住さくら選手には、お兄さんがひとりいます。
名前は、四十住麗以八(れいや)さんです。
「四十住」もかなり珍しい名前ですが、「麗以八」というのも、もっと?レアな名前ですね!
このお兄さんこそが、四十住さくら選手がスケートボードを始めるきっかけをくれた人です。
大好きな兄を追ってスケートボードの世界へ
実は、四十住さくら選手とお兄さんは、年齢が13歳も離れています。
四十住さくら選手がスケートボードを始めたのは小学校6年生ということですから、当時、お兄さんは24歳~25歳ということになります。
四十住さくら選手は歳の離れたこのお兄さんが大好き!
お兄さんに「構って欲しい」「一緒に遊んで欲しい」という気持ちもあり、当時お兄さんがはまっていたスケートボードに興味を持ったといいます。
兄と一緒に遊びたかったから、というのがきっかけでした。
兄はほかにサーフィンなどもしていましたが、私はひとつのことにハマるタイプ。
夢中になっている私を見て、兄が大阪のスケートパークに連れていってくれたんです。
それが小学6年生の夏。
怖さより楽しさが勝ってどんどんのめり込み、もっと跳びたいと思いました。
お兄さんが大好きな四十住さくら選手は、お兄さんに褒めてもらえるのが嬉しくて、練習に没頭したといいます。
「褒められて伸びる」というやつですね!
本格的にスケートボードを始めた妹・さくら選手を、お兄さんも全面的に応援!
スケートボードのメンテナンスを手伝ってくれたりしたそうです。
今では、お兄さんはご結婚され、すでにお子さんがいらっしゃいます!
↓こちらのInstagramには、お兄さんとのショットや、お兄さんの娘さんの可愛い写真もポストされています!
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↓こちらは、お兄さんの娘さん「りおんちゃん」の歯磨きをしている「おばさん」のさくら選手!!!
「おばさん」にしては若くてキュートでグレートですね(笑)
姪っ子が可愛くて仕方がない様子が伝わってきます!
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お誕生日のプレゼントはクレーンゲーム?
四十住さくら選手が、2023年4月4日に放送された日本テレビ系バラエティー番組「踊る!さんま御殿!!SP」に出演された時のこと。
この番組が収録されたのが、3月14日で、翌日が四十住さくら選手の21歳の誕生日でした。
そこで、番組中に誕生日プレゼントの話になり、「今年の誕生日には、兄に中古のクレーンゲーム機をおねだりしている」とコメント。
というのも、当時の四十住さくら選手は、クレーンゲームにどっぷりハマっていたようです。
今回の記事でもご紹介したように、スケートボードを始めてからというもの、スケートボード一筋の生活を続けていた四十住さくら選手。
この年になって初めてクレーンゲームをしたら、すっかりはまってしまったそうです。
もし本当にお兄さんからクレーンゲームをもらえたら、プライベートのスケートボード練習場に置きたいとのこと。
そこに置けば、自分だけでなく、そこへ来る他のスケートボード選手にとっても、息抜きになるかもと、話した四十住さくら選手。
しかし、MCの明石家さんまさんに「それで儲けようかなと?」とツッコまれていました。
番組はここで終了し、この後日談については情報を見つけられませんでした。
実際に、お兄さんからクレーンゲーム機はもらえたのでしょうか???
四十住さくらのプロフィール
スケートボードという競技は、「パーク」と「ストリート」という2種類があります。
四十住さくら選手は、もともとは「ストリート」を中心に滑っていて、2016年/高校2年生の時には、AJSA全日本アマチュアレディース部門(ストリート)で優勝。
翌年2017年にも同じ大会で2連覇を達成しています!
しかし、その後、「パーク」へ転向、それ以降はパークに専念されています。
氏名 | 四十住 さくら (よそずみ さくら) |
生年月日 | 2002年3月15日 |
年齢 | 22歳 (2024年の誕生日で) |
出身地 | 和歌山県岩出市 ※生まれた当時の呼称は「那賀郡岩出町」 |
血液型 | |
身長 | 159cm |
体重 | 52kg |
所属クラブ | ベンヌ |
公式Instagram | https://www.instagram.com/sakura_yosozumi/ |
パリオリンピックでは予選敗退となってしまった四十住さくら選手。
予選に通過できるかどうか、他の選手の演技を待っている際の「他の選手の失敗を祈りたくはない」というコメントが注目されました。
四十住さくら選手のお人柄が出た言葉に、感動する人が続出です!
これからも、四十住さくら選手を応援していきたいと思います!
まとめ
今回の記事では、東京オリンピックのスケートボード女子パークの初代金メダリストに輝いた四十住さくら選手について、ご紹介しました。
四十住さくら選手の国籍は、日本だと思われます。
父親は、最初は四十住さくら選手がスケートボードをすることに反対されていましたが、その固い決意を知ると全面的に応援!
自宅庭に専用練習場を作ったり、経済的な面でも四十住さくら選手の活動をサポートされました。
母親は、もともとはお仕事をされていましたが、四十住さくら選手が本格的に競技を始めると退職!
四十住さくら選手の専属マネージャー兼専属運転手となり、二人三脚で競技活動を支えてくれました。
また、13歳年の離れた兄・麗以八さんは、四十住さくら選手にスケートボードの楽しさを教えてくれた方です。
今では結婚され、お子さんもいるお兄さん。
可愛い妹の活躍を、心から喜んでいらっしゃると思います。
今後の四十住さくら選手の活躍にも注目していきたいですね!
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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