赤星雄斗の父は元阪神/赤星ではない!出身中学や高校時代についても調査!

陸上/駅伝
【当サイトでは、アフィリエイト広告を利用しています】

陸上の赤星雄斗選手は、2024年3月に駒澤大学を卒業。

翌4月には、大塚製薬に入社されました。

もちろん、社会人になってからも、大塚製薬の陸上部に所属し、アスリートとしての生活を継続されています。

そんな赤星雄斗選手の父親が、元プロ野球選手で、阪神で活躍された赤星憲広さんなのでは?というウワサが!!!

しかし、それはガセネタのようです。

では、実のご両親(父/母)は、どんな方たちなのでしょうか。

また、赤堀優斗選手の出身中学や高校時代についても、ご紹介します!

▽この記事でわかること▽
赤星雄斗の父は元阪神/赤星ではない!
■赤星雄斗の両親(父/母)はどんな人?
■赤星雄斗の中学時代は?
■赤星雄斗の高校時代は?
■赤星雄斗のプロフィール

 

赤星雄斗の父は元阪神/赤星ではない!

赤星雄斗選手は、2024年3月に駒澤大学を卒業されました。

父親は元阪神タイガースの赤星憲広さんなのでは!?

というウワサがありましたが・・・赤星憲広さんは赤星雄斗選手の父親ではありません!

なんだか・・お二人が似ているので、そのようなウワサが流れたのかもしれませんね。

「他人の空似」という言葉がありますが、親子と言われたら信じてしまうくらい似ていると思いませんか???↓↓↓

↑赤星雄斗選手と、赤星憲弘さんのお二人の写真、見比べるととっても似ています!!!

 

【元阪神タイガースの赤星憲広さんとは】
・1976年4月10日生まれ(2023年11月現在47歳)
・亜細亜大学卒業後、JR東日本を経て、2021年阪神タイガースにドラフト4位で入団
・新人王、盗塁王を5回、ゴールデングラブ賞を6回獲得するなど、現役時代は大活躍
・2009年に11年間のプロ野球人生を終え、引退

 

しかし、実際に、赤星憲広さんと全く「縁」がないわけでもないようです。

というのも、赤星憲広さんと、赤星雄斗選手の実際の父親のお誕生日が一緒なのです!

プロ野球阪神で活躍した赤星憲広氏と同じ名字の快足ランナーは、

「自分の父は阪神タイガースで活躍した赤星さんと誕生日が一緒なんです」

と明かした。

引用元:日刊スポーツ(2023年1月3日)

ただ、偶然、お二人の誕生日が一緒というだけなのですが、ちょっと面白い「縁」ですよね。

「赤星」という苗字も珍しいですよね。

「赤星」という苗字が一緒で、誕生日も同じ。

この2点が合致する確率は、かなり低いと言えそうです。

 

さて、赤星憲広さんがご結婚されたのは、2022年4月4日!!!

意外とつい最近のことなのですね。

ですから、大学生の息子さんがいるはずもありません。

 

また、赤星憲広さんは、とても足が速く「球界最速」と言われた走塁のプロ!

現役時代を知っている人には、「赤星=足が速い」のイメージがとても強いと思います。

だからこそ、マラソン選手である赤星雄斗選手のお父さんかも?と思った方がいた可能性もありますね。

同じ「赤星」つながりで、今後も、かつての盗塁王・赤星憲広さんのような快足を、赤星雄斗選手に期待したいですね!

 

赤星雄斗の両親(父/母)はどんな人?

元阪神タイガースの赤星憲広さんが、赤星雄斗選手のお父様ではないとわかったところで、実際のご両親はどのような方たちなのでしょうか。

調べてみましたが、情報がなく、詳しいことはわかりません。

過去のインタビューなどでも、ご両親のことや、兄弟姉妹に関することなど、ご家族のことに触れている記事を見つけることができませんでした。

 

しかし、ご両親は元陸上選手だったり、他のスポーツの経験者だった可能性はありますね。

ご両親の優れた運動神経が、息子さんである雄斗選手に引き継がれているのかもしれません。

 

「赤星」という苗字が珍しいことから、もし兄弟姉妹がいて、赤星雄斗選手と同じように何かスポーツをされていたならば、気付かれそうですよね。

でも、今のところ、「京都出身の赤星さん」と調べても、赤星雄斗選手以外に学生アスリートを見つけることができませんでした。

 

また、後ほどご紹介しますが、赤星雄斗選手は京都府にある私立洛南(らくなん)高等学校に通っており、そのときは寮ではなく実家から通っていたそうです。

この後ご紹介するように、中学校も京都府内の学校に通っていたので、ご実家が京都にあるというのは確実ですね。

ご両親は、京都出身の方かもしれません。

※ちなみに、元阪神の赤星憲広さんは、愛知県刈谷市のご出身です。

 

洛南高校には、地元を離れて寮生活をしている生徒もたくさんいます。

そんな中、実家から通っていた赤星雄斗選手は、恵まれていたことも多かったのではないでしょうか。

心置きなく陸上部での活動ができるように、食事面や生活面などで、ご両親が精一杯サポートをされていたのではと想像できます。

 

赤星雄斗選手は、駒澤大学への入学を機に初めての実家を離れ、4年間寮生活を過ごされました。

きっと、「親のありがたみ」を感じた4年間だったことでしょう。

 

ちなみに!

赤星雄斗選手が入社された大塚製薬の陸上部の本拠地は、徳島県鳴門市。

入社された現在は、鳴門市内にある会社の寮に住んでいるのではと思います。

 

赤星雄斗の中学時代は?

赤星雄斗選手が通っていた中学校は、京都府城陽(じょうよう)市にある城陽市立南城陽中学校です。

赤星雄斗選手は、2014年~2016年まで在籍していました。

城陽市立南城陽中学校HP:https://www.kyoto-be.ne.jp/minamijoyou-jhs/cms/

中学時代は、学校の陸上部に所属していました。

 

南城陽中学校陸上部は、数々の大会に出場しており、2023年10月に行われた山城地方中学校男子駅伝競走大会、山城地方中学校女子駅伝競走大会の両方とも優勝を果たしています。

さすが、赤星雄斗選手の母校です!

そこで、赤星雄斗選手の中学校時代の戦績についても調べてみました。

■2016年(3年):『山城地区中学校駅伝大会』1区2位(総合順位3位)
■2016年(3年):『城久春季大会』 3000m1位
■2016年(3年):『京都府中学駅伝』1区3位(総合順位8位)

当時の試合の記録は、あまり見つけることができませんでしたが、3年生になってから3000mで1位になるなど、よい結果を出していたようです。

きっと、1年生のときからコツコツ練習を重ねてきた結果が、3年生で出たのでしょう!

 

赤星雄斗の高校時代は?

赤星雄斗選手が通っていた高校は、京都市南区にある私立/洛南(らくなん)高等学校です。

赤星雄斗選手は、2017年4月~2020年3月に在籍していました。

私立洛南高校のHP:https://www.rakunan-h.ed.jp/

洛南高等学校といえば、文武両道を謳う名門校。

複数の競技の全国大会常連校で、陸上部からも多くの有名ランナーを輩出しています。

何と言っても有名なのは、男子100m走で日本人として初めて10秒を切った桐生祥秀(きりゅう よしひで)選手。

 

駅伝関係では、三浦龍司選手が、洛南高等学校時代の同級生!

三浦龍司選手は、順天堂大学陸上部で大活躍され、東京五輪2020にも出場されたので、ご存じの方も多いと思います。

 

さらに、2学年下には、同じ駒澤大学に進学した佐藤圭汰選手もいました!

 

そんな強豪校で、赤星雄斗選手は1年生のときから3年連続で、全国高校駅伝のメンバーに選ばれています。

全国高校駅伝での戦績は、以下の通りです。

■2017年(1年):7区25位・総合順位45位
■2018年(2年):4区11位・総合順位9位
■2019年(3年):4区20位・総合順位11位

2019年に行われた、赤星雄斗選手にとって高校最後の全国高校駅伝。

この時に、洛南高校の駅伝チームとして出場した面々がスゴ過ぎます!

↓赤星雄斗選手と、三浦龍司選手(順天堂大)、佐藤圭汰選手(駒澤大)、諸冨湧選手(早稲田大)、内藤一輝選手(帝京大)、佐野拓実選手(中央大)、小牧波亜斗(駒澤大)!

全員が大学進学後も活躍されている、すごいメンバーですよね!

このような強豪校で、練習を重ねてきた赤星雄斗選手。

高校時代には、駒澤大学の恩師、大八木弘明前監督が練習を見学しにきたりもしたそうで、その後声がかかり、駒澤大学を意識し始めたのだとか。

高校時代には、すでに何か光るものがあったのでしょうね。

 

赤星雄斗のプロフィール

高校時代には、その後、大学でも活躍された豪華メンバーたちと競技、練習をしてきた赤星雄斗選手。

そんな赤星雄斗選手のプロフィールをまとめてみました。

氏名 赤星 雄斗
(あかほし ゆうと)
生年月日 2002年3月8日
(2024年3月の誕生日で22歳)
出身地 京都府城陽(じょうよう)市
出身中学校 城陽市立南城陽中学校
(2017年3月卒業)
出身高校 私立洛南(らくなん)高等学校
(2020年3月卒業)
出身大学 駒澤大学
(2024年3月卒業)
学部 法学部 法律学科

 

赤星雄斗の自己ベスト(2024年10月現在)

★5000m:13分57秒05
★10000m:28分17秒73
★ハーフマラソン:1時間02分00秒
駒澤大学陸上競技部HP:https://komazawa-ekiden.com/

 

赤星雄斗の駒澤大学での成績

駒澤大学に入った1年目。

赤星雄斗選手は、調子がいまひとつあがらず「大学三大駅伝」には一度も出場することができませんでした。

大学三大駅伝とは、毎年10月に行われる「出雲駅伝」、11月に行われる「全日本大学駅伝」そして、1月に行われる「箱根駅伝」のことを指します。

「昨年の分も結果を残そう!」と意気込んでいた2年生。

赤星雄斗選手の大学駅伝デビューは、2年生/2021年11月の全日本大学駅伝でした。

赤星雄斗選手の、2年生以降の駅伝戦績は、以下の通りです。

【出雲駅伝】 【全日本駅伝】 【箱根駅伝】
2021年度(2年生) 直前交代で出場せず 4区(区間4位) 直前交代で出場せず
2022年度(3年生) エントリーされず エントリーされず 直前交代で出走!
2023年度(4年生) 直前交代で出場せず 4区(区間2位) 復路8区(区間4位)

↑この表を見ていただくとわかるように、駅伝の大会にエントリーされつつも直前で変更になり、走れなかった経験が3回もあったのです!

 

逆に、3年生の時の箱根駅伝(2023年1月)では、当日変更で起用になり8区を走るという経験もされています。

この時は、前年の悔しさを晴らすように、区間4位で1時間4分37秒をマークし、駒澤大学の記録を更新しました。

【駅伝エントリーについて】
※細かい規定は大会によって変わってきます。
■数日前にチームエントリーが確定します。
■2~3日前くらいにチームエントリーの中から、区間の選手配置と、補員が登録されます。
■当日の朝、メンバー変更の受付があり、選手と補員の交代が認められています。
↑↑赤星雄斗選手のように、エントリーされていても当日急に走ることになったり、走れなかったりするわけです。
駅伝ではよくあることとは言え、いずれも、メンタル的に負担が大きいでしょうね。

 

特筆すべきは、2023年の10月の出雲駅伝。

この日、赤星雄斗選手はエントリーされていたのに、直前に交代させられ、走ることができませんでした。

しかし、同じ日に行われた出雲市陸協記録会(通称「もうひとつの出雲駅伝」)に出場。

5000m14分01秒23で、見事1着でゴールイン!!

『出雲駅伝』での悔しい気持ちを晴らす見事な結果でした!!

全日本と箱根に向けて、ここで勝ち切らないとアピールにはならないと思っていました。

最後に出るだけのかたちになってしまいましたが、勝ちにこだわってやってきました

引用元:YAHOOニュース(2023年10月10日)

 

そして、2023年11月5日(日)に開催された『全日本大学駅伝』、2024年1月2~3日に開催された『箱根駅伝』には、無事出場を果たされました!

 

まとめ

今回は、駒澤大学を卒業後、大塚製薬に入社された赤星雄斗選手についてご紹介しました。

赤星雄斗選手の父親は、元阪神タイガースの赤星憲広さんなのでは!?

実際に、お2人はそっくり!!!

しかし、赤星憲広さんは赤星雄斗選手の父親ではありませんでした。

 

ですから、実際のご両親はどんな方なのか気になりましたが、一般の方ということで詳しいことはわかりませんでした。

しかし、赤星憲広さんとお父さんのお誕生日が一緒という、面白い「縁」があることがわかりましたね。

 

赤星雄斗選手は、京都府の城陽市立南城陽中学校から、陸上強豪校である私立洛南高等学校へ進学されました。

高校時代の赤星雄斗選手は、3年連続で全国高校駅伝のメンバーに選ばれています。

そして、高校卒業後は、2020年代に入り「最強豪校」とも言われている駒澤大学に進学されました。

駒澤大学の陸上競技部に所属してからは、駅伝の大会で幾度かエントリーされつつも、直前でメンバーから外れて走れなかった経験をしています。

 

赤星雄斗選手は、2024年3月には駒澤大学を卒業されました。

卒業後は、大塚製薬に就職され、陸上生活を続けています。

大塚製薬での赤星雄斗選手の活躍にも注目していきたいですね。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました