宮部藍梨の両親は父がナイジェリア人で母は日本人!兄弟や国籍も!

バレーボール

女子バレーボール日本代表に選ばれている宮部藍梨(みやべ あいり)選手。

2024年7月に開催されたパリオリンピックにも、女子バレーボール日本代表として出場した選手のひとりです。

 

今回の記事では、そんな宮部藍梨選手のご家族について調査!

宮部藍梨選手のご両親は、お父さんがナイジェリアの方で、お母さんは日本人!

ハーフ(ダブル)なのですよ~

さらに、兄弟・姉妹や国籍についてもご紹介していきます!

▽この記事でわかること▽
宮部藍梨の両親は父がナイジェリア人で母は日本人!
■宮部藍梨の兄弟・姉妹は?
■宮部藍梨の国籍は?
【追記/2026.8付】
宮部藍梨選手は、2024年7月開催のパリオリンピックに女子バレーボール日本代表として出場しました。日本は予選プール最終戦のケニア戦に勝利したものの1勝2敗で決勝トーナメント進出はならず、大会は9位という結果でした。

宮部藍梨の両親は父がナイジェリア人で母は日本人!

宮部藍梨選手のご両親は、お父さんがナイジェリア人で、お母さんは日本人です。

つまり、宮部藍梨選手は、ハーフ(ダブル)ということになります。

 

宮部藍梨選手は、兵庫県尼崎市出身。

ご両親は、2024年現在も、兵庫県尼崎市にお住いのようです。

 

お父さん&お母さんの馴れ初めは?

国際結婚された宮部藍梨選手のお父さんとお母さんの、馴れ初めが気になったので、調べてみました!

しかし、宮部藍梨選手の過去のインタビュー記事などからも、ご両親についての情報は見つけることが出来ませんでした。

 

ご両親は、日本で出会われたのか、またはお母さんがナイジェリアに住んでいた?

または、お父さんもお母さんも、どこかの国に留学されていて出会った?

 

お父さんが、いつから日本に住んでおられるのか、日本に来たきっかけなども、興味深いですよね。

色んな妄想は広がりますが(笑)、今のところ全く情報がないようですので、今後のインタビュー記事などに期待したいと思います!

 

両親は娘・藍梨のサポーターで良き理解者!

宮部藍梨選手のご両親は、娘・藍梨さんの一番のサポーターであり、良き理解者です!

藍梨選手が、高校卒業後、アメリカ留学された時のエピソードをご紹介しましょう。

 

宮部藍梨選手は、大阪にあるバレーボールの強豪校・金蘭会高校の出身。

その金蘭会高校を卒業された後、いったん神戸親和女子大学に入学されました。

しかし、大学1年生の秋からアメリカに留学。

約5年間アメリカの大学に通われました。

 

つまり、小学校は地元の公立小学校に通われましたが、その後はずっと私立の学校で、さらに海外留学!

しかも留学費用が半端なく高いアメリカの大学への留学!

 

と、考えると、宮部家の経済事情はかなり裕福なのではと考えられます。

娘である藍梨さんの夢を叶えるために、ご両親の強力な経済的サポートがあったのですね!

お父さんは、どんなお仕事をされている方なのでしょうね、気になります(笑)

 

宮部藍梨選手は、アメリカ留学するにあたり、どのような心境だったのか、インタビューで以下のように答えています↓↓↓

「いろいろ言われて心が折れた時もありました。

でも結局、周りに何を言われても、行動に移すのは自分。

人に『こうしなさい』って言われてやったことって、苦しい時に頑張れないじゃないですか。

アメリカでは、楽じゃないことのほうが多かったですけど、自分で決めたことだから最後まで頑張れた。

あの時、

『ここで行かへんかったら絶対に後悔する。行って後悔したほうがましや』

と思ったので、行きました」

引用元:number Web

 

宮部藍梨選手が、経済的に恵まれた環境にいたことは、たぶん間違いないと思います。

しかし、宮部藍梨選手自身も、めちゃくちゃ頑張ったからこそ、の今ですよね。

 

ハーフ(ダブル)ということで、見た目には典型的なアジア人よりは目立たず、あちらに溶け込みやすかったかもしれませんが、生まれ育ったのは日本。

他の日本人と同じように、馴染むまでは一定の時間がかかったことでしょう。

 

金蘭会高校時代、1年生の時からエースとして活躍し、超スーパー高校生として大注目されていた宮部藍梨選手。

2015年春、高校2年生で全日本メンバーに選出され(当時、高校生で選ばれたのは藍梨選手ただ一人!)、同年7月の「ワールドグランプリ大会」(現在のネイションズリーグ)で国際試合デビューもされました。

 

そんな大注目の宮部藍梨選手が、高校卒業後、どのような進路を選ぶのか、日本バレーボール界が注目していたハズ。

そんな中、選んだアメリカ留学。

 

周りには、反対する声も少なくなかったようですが、「両親が応援してくれた」と藍梨選手。

宮部藍梨選手のご両親は、経済的なサポートだけでなく、精神的にも、娘・藍梨さんの良き理解者であり、全力で応援してくださっていたのですね。

 

宮部藍梨選手は、アメリカに渡った時「もう日本代表に選ばれることはないだろう」と思ったそうです。

なぜなら、高校時代のライバル選手たちは、高校卒業と同時にVリーグに入団するか、日本の大学への進学を選択していたからです。

 

「日本のバレーボール界」が遠くに感じられる中、アメリカで孤軍奮闘し続けた藍梨選手でしたが、その頑張りを日本バレーボール協会はちゃんと見ていてくれた!

 

2022年9月に行われた世界バレーで、6年ぶりに日本代表に返り咲きました!

日本代表でプレーすることは、ご両親への親孝行でもあり、恩返しになるでしょうね!

 

宮部藍梨の兄弟・姉妹は?

宮部藍梨選手の兄弟・姉妹については、愛芽世(あめぜ)さんという妹さんがいます!

宮部藍梨選手のご家族は、ご両親と藍梨さん&愛芽世さんの4人家族です。

愛芽世さんも、ハーフ(ダブル)ということになりますね。

そして、愛芽世さんも、もちろんバレーボール選手です!

 

宮部愛芽世さんは、藍梨さんより3歳年下で、姉・藍梨さんと同じ金蘭会中・高を卒業し、2020年4月に東海大学へ進学されます。

 

2022年9月の世界バレーに向けた日本代表メンバーの発表では、姉・藍梨選手と共に、妹・愛芽世選手の名前も!

姉・藍梨選手も、愛芽世さんの代表入りをとても喜んでいました!

姉妹揃っての代表入りなんて、こんな嬉しいことはないですよね!

今回、妹の愛芽世(20)も、女子日本代表入りをしており姉妹揃って初めて同じチームでのプレーが実現する。

「妹は本当に昔から日本代表に選ばれる為に努力をしてきた。

その姿を傍でずっと見てきたので素直に嬉しい」

と喜んだ。

引用元:TBS NEWS DIG

 

先ほどもお伝えした通り、姉・藍梨選手と妹・愛芽世選手には、3歳の年の差があります。

つまり、愛芽世選手が中学生になった時には、姉・藍梨選手はもう高校生。

愛芽世選手が高校生になった時には、姉・藍梨選手はすでに高校を卒業、というように、2人は同じチームでプレーしたことがなかったのです!

 

ですから、そういう意味でも、今回の2人揃っての代表入りは「初めて同じチームでプレーする」ことでもあるのです!

2人が同時にコートに立って、姉妹ならではの「息ぴったりプレー」を見せてくれる瞬間が、とっても楽しみです!

宮部愛芽世さんは、2024年3月に東海大学を卒業すると、Vリーグ女子DIVISION1のJTマーヴェラス」に入団されました!

 

 

宮部藍梨の国籍は?

宮部藍梨選手のご両親について、お父さんがナイジェリア人でお母さんが日本人とご紹介しましたが、宮部藍梨選手のウィキペディアのページを見ると、ハーフ(ダブル)ではありますが「国籍・日本」と記載されています。

出身地についても、兵庫県尼崎市となっていて、出身小学校は「尼崎市立・金楽寺小学校」とのこと。

宮部藍梨さんは、ハーフ(ダブル)とはいえ、大学でアメリカに留学されるまでは、ずっと日本で育っているようですね。

宮部藍梨選手がインタビューを受けている動画などを見ると、どうしてもちょこちょこっと関西弁が出ています。

それが、めちゃくちゃ可愛らしい(笑)

 

日本人離れした体格で、見た目にもハーフ(ダブル)と分かってしまう宮部藍梨選手ですが、中身はコテコテの関西人なのも、大きな魅力のひとつと言えるのではないでしょうか。

こちらのTwitterの動画で、ぜひ宮部藍梨選手の可愛い「関西弁」を聞いてみてくださいね!

 

宮部藍梨と関連して読まれている記事

宮部藍梨選手やご家族に関連する記事もあわせてご覧ください。

宮部藍梨についてのよくある質問

Q. 宮部藍梨選手の両親はどこで出会ったの?
A. 過去のインタビュー記事などからも、馴れ初めに関する情報は見つかっていません。

Q. 妹の愛芽世選手も日本代表なの?
A. はい。2022年9月の世界バレーで、姉妹揃って日本代表に選出されています。

Q. 宮部藍梨選手はパリオリンピックにも出場した?
A. 2024年7月開催のパリオリンピックに、女子バレーボール日本代表として出場しました。大会結果は予選プール敗退の9位でした。

 

まとめ

今回の記事では、女子バレーボール日本代表にも選ばれている宮部藍梨選手について、ご紹介しました。

 

宮部藍梨選手のご両親は、お父さんがナイジェリア人でお母さんが日本人。

宮部藍梨選手(そして妹の愛芽世選手も)ハーフ(ダブル)ということが分かりました。

 

ご両親が、宮部藍梨さんのアメリカ留学を経済面でも精神面でも、全力で支えてくださったエピソードには、ほっこりさせられると共に、親子の絆を感じさせていただきました。

宮部藍梨選手の国籍は、日本。

2024年夏のパリオリンピックでは、日本代表として出場し、大会は9位という結果でした。

 

女子バレーボール日本代表の家族については、秋本美空選手の父(実父・山本辰生さんと継父・秋本啓之さん)と母・大友愛さんの記事もあわせてご覧ください。

 

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

女子バレーボールの宮部藍梨(みやべ あいり)選手が、2024年夏に行われるパリオリンピック日本代表のひとりとして選出されました!

そこで、そんな宮部藍梨選手の中学・小学校時代について調査!

さらにバレーボール強豪校である金蘭会高校での活躍ぶりと、留学されたミネソタ大学についても、ご紹介いたします!

▽この記事でわかること▽
宮部藍梨の中学校時代
■宮部藍梨の小学校時代
■宮部藍梨は金蘭会高校出身
■宮部藍梨はアメリカ/ミネソタ大学卒業!
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宮部藍梨の中学校時代

宮部藍梨選手は、金蘭会中学校を卒業されています。

後ほど詳しくご紹介しますが、宮部藍梨選手は金蘭会高校を卒業されていますので、6年間、金蘭会の学校に通われたことになりますね。

金蘭会中学校・高校は、大阪にある私立の女子校です。

【金蘭会中学校・高等学校】

 

高校同様、金蘭会中学も、かなりのバレーボール強豪校です。

でも、宮部藍梨選手は「バレーボールの強い学校に入って、バリバリ部活を頑張ろう!!!」と思って、この学校を選んだわけではないようです。

 

尼崎市が発行している「スマイルBOX」というフリーペーパー夏号vol.42(2015年7月発行)に、宮部藍梨選手のロングインタビューが掲載されていますので、ここから中学生時代のエピソードを拾っていきますね。

金蘭会がこんなに強いチームだとは知らなくて(笑)。

最初は練習についていくのもしんどかったし、気持ち的にも追い込まれて、何度も心が折れました。

 

なんと!

金蘭会中学が、強豪校とは知らずに入学・入部されたのですね!

とはいえ、「中学に入ったらバレー部に入ろう」というのは、小学生時代にすでに決めていたそうです。

 

バレーボールは、野球やサッカーなどと違い、中学に入ってから始める人も多いスポーツ。

宮部藍梨選手は、当時から体格にも恵まれていましたし、この後ご紹介するように、小学校時代からバレーボールをしていた経験者。

 

そんな宮部藍梨選手でも、心が折れるほどの厳しい練習だったのですね。

さすが、金蘭会!!!

それでもバレーを辞めなかったのは、私が練習に行かなかった時も、監督が戻れる場所を作ってくれていたから。

チームメイトのみんなが「大丈夫?」などと、いろんな声を掛けてくれたからです。

・・・こういう話を聞くと、本当に強いチームって、ただ厳しいだけじゃないんだなと痛感させられますよね。

ただ厳しいだけじゃなくて、一度離れてもまた受け入れてくれる大きな器があって、そんな中で絆が生まれていく。

 

こういうことを繰り返すことで、監督やチームメイトとの信頼関係が育まれていくんですね。

 

何度もくじけそうになりながらも、「金蘭会バレー」にしがみついて、努力を重ねた宮部藍梨選手。

中学3年生で臨んだ「全国都道府県対抗中学バレーボール大会」では、最も将来有望な選手に与えられるJOC・JVAカップを受賞するまでに成長されました!

 

「すまいるBOX」夏号vol.42のインタビュー記事は、こちらから読むことが出来ます!

 

宮部藍梨の小学校時代

宮部藍梨選手がバレーボールを始めたのは、小学校3年生の時です。

 

宮部藍梨選手は、兵庫県尼崎市出身で、通っていたのは尼崎市立・金楽寺(きんらくじ)小学校。

こちらの小学校のバレーボールチームに入ったのがバレーボールとの出会いでした。

しかも、入った理由が「人数が足りないから」と誘われたからで、自分から「やりたい!」というわけではなかったというのが面白い!

 

先ほどもご紹介した「スマイルBOX」というフリーペーパー夏号vol.42(2015年7月発行)に、小学生時代のエピソードも登場しているので、ご紹介します。

子どもの頃から体格には恵まれていたけど、特にこの身長を活かして何かスポーツをしてみよう、というような考えは全くなくて(笑)。

ふむふむ、特別にスポーツ大好き少女というわけではなかったのかな?

でも、バレーボールに出会って、そこからはドンドン夢中になっていったってこと?

と思ったら・・・

同学年の選手が私を含めて2人しかいなかったから、彼女を置いて辞めにくかった(笑)

なんと!

そこまで夢中になっている感じでもないですね(笑)

ですが、この後、宮部藍梨選手の心の変化が!

6年生の時に出場した県大会。

私たちは決して強いチームではなかったのに、初戦で全国大会でも優勝経験のある「東条ジュニア」と対戦することになって。

結果的には1セットもとれずに負けてしまったけど、強豪チームを相手に、どのセットも17点くらい取ることができましたから、試合が終わった後も「やった~!」と喜んでいる自分がいました。

この試合が、宮部藍梨選手にとって、最初のターニングポイントになったようですね。

こんな、ちょっとふんわりした感じ?の少女が、金蘭会・中高を経て、日本バレー界が注目するバレーボール選手に成長していったのですね!

 

宮部藍梨は金蘭会高校出身!

宮部藍梨選手は、金蘭会中学校を卒業後、そのまま金蘭会高校へと進学されました。

 

宮部藍梨・金蘭会高校に入学

宮部藍梨選手が金蘭会高校に入学されたのは、2014年4月。

そして、その2014年6月に、日本バレーボール協会が東京オリンピックに向けた選手育成強化を目的とした取り組み「Team CORE」を発足させ、そのメンバーに選ばれています。

この「Team CORE」は、日本バレーボール界の悲願である「東京オリンピック2020で金メダルを!」という目標に向けて、指名した強化選手を対象にした定期的な合宿や海外遠征を行うというもの。

宮部藍梨選手は、高校1年生の時点で、すでにここまで注目されていた選手だったのですね!

※実際には、東京2020オリンピックには出場されていません。

 

宮部藍梨選手は、高校1年生の時から大活躍!

2014年10月に行われたU17のアジアユースバレーボール選手権にキャプテンとして出場、日本の優勝に大きく貢献!

大会MVPに選出される活躍ぶり!

 

金蘭会高校バレー部としても、宮部藍梨選手が入学した2014年は大躍進の年になりました。

もちろん、すでにバレーボール強豪校として有名ではありましたが、ベスト4やベスト8にはなるものの、それ以上にはなかなかなれない状況が続いていました。

しかし、 2014年8月に行われた「全国高等学校総合体育大会(インターハイ)」で熊本信愛女学院高校を破って初優勝!

宮部藍梨選手は、1年生ながら、チームの中心選手として大活躍!

ちなみに、この決勝の相手・熊本信愛女学院高校の当時のエースは、古賀紗理那選手です!

 

さらに、2014年10月に栃木で行われた第69回国民体育大会では、下北沢成徳高校を決勝で破り、こちらも初優勝を飾りました!

ちなみに、この決勝の相手・下北沢成徳高校の当時のエースは、黒後愛選手です!

 

さらにさらに、2015年1月に行われた全日本高校選手権(通称:春高バレー)でも、しっかりとエースとして活躍!

ここでも、金蘭会高校は、初優勝という結果で終えました!

つまり、この年の金蘭会高校は、インターハイ・国体・春高の3冠を達成したのです!

こちらの動画(2分8秒にまとめた速報動画です)で、宮部藍梨選手の活躍ぶりがわかります!

宮部藍梨選手は、背番号5番です→動画はこちら!

 

宮部藍梨・金蘭会高校2年で代表入り!

2015年、金蘭会高校2年生に進級した4月、宮部藍梨選手は、全日本メンバーに選出されます!

その年の7月に行われた「ワールドグランプリ大会(現在のネーションズリーグ)」に向けた代表メンバーの発表で、高校生としては唯一、宮部藍梨選手がメンバー入りしました。

 

当時の女子日本代表の監督は、眞鍋政義氏。

2024年現在も、再び眞鍋政義監督が日本女子バレーを指導されていることに、運命的な縁を感じますね。

宮部藍梨選手は、7月10日に行われた日本対イタリア戦の第2セットから出場!

18点をあげる活躍をされ、見事なシニア国際大会デビューを果たしました。

こちらは、古賀紗理那選手との貴重なツーショット↓↓↓

金蘭会高校バレー部としては、この年は優勝には手が届かず。

それでも、国体と春高バレーでは、準決勝まで駒を進めることが出来ています。

インターハイ 3回戦敗退 vs八王子実践高校
国体 準決勝敗退 vs九州文化学園高校
春高バレー 準決勝敗退 vs八王子実践高校

宮部藍梨・金蘭会高校の集大成!

では、宮部藍梨選手の高校最後の1年は、どのような感じだったのでしょうか。

金蘭会高校での集大成として、どのような戦績を残したのか気になりますね!

宮部藍梨選手の高校最後の1年は、まずはインターハイで準優勝!

そして、国体ではインターハイの時の雪辱を果たし、下北沢成徳高校を決勝で下して見事優勝!

高校卒業前の最後の試合である春高バレーでは、準決勝敗退となってしまいましたが、それでも全国大会でこれだけの結果を出し続けた3年間は、「お見事!」と言えると思います!

インターハイ 準優勝 vs下北沢成徳高校
国体 優勝! vs下北沢成徳高校
春高バレー 準決勝敗退
(ベスト4)
vs就実高校

 

宮部藍梨はアメリカ/ミネソタ大学卒業!

宮部藍梨選手の、金蘭会高校での活躍ぶりは、先ほどご紹介した通り。

当然、「高校卒業後、宮部藍梨はどうするの???」と、高校卒業後の進路が注目されていました。

高卒で、Vリーグデビュー?

または、大学進学?

ですが、宮部藍梨選手が選んだのは、周りを驚かせる進路だったようです。

サウスアイダホ大学へ2年間の留学

宮部藍梨選手は、2017年3月に金蘭会高校を卒業後、いったんは神戸親和女子大学に入学されましたが、同年9月から、アメリカのサウスアイダホ大学という2年制大学に留学する決断をされました。

宮部藍梨選手は、留学を決意した理由を、次のように話しています。

「もともと勉強が嫌いじゃなかったというのもあります。

それに、やっぱり体って消耗品だから。

35歳ぐらいで現役をやられている方ってすごく少ないと思うし、会社員のように定年までできる仕事ではない。

怪我をするかもしれないし、どんなに好きでもいつかは選手を辞めないといけない時がくる。

そうなった時に、自分からバレーを取ったら何もない、という状態になるのは理想的じゃないなと思ったんです。

引用元:Number Web

高校時代から日本代表に召集され、1年生の時点で「三冠」を経験し、周りから大注目されて、順風満帆に見えるアスリート人生を歩みつつも、将来のことを冷静に考えていたんですね。

今でこそ、アスリートのセカンドキャリアについて話題になることも増えましたが、高校卒業の時点でそのことまで考えて、進路を選択していたとは、あっぱれです!

さらに、「アメリカでやりたいこと」についても、目標がしっかり定まっていたようです。

「自分が経験したことのなかった環境に行きたかったんです。

その中で、ちゃんと勉強もしたいし、バレーも高いレベルでやりたかった。

アメリカの大学スポーツにはルールがあって、勉強で決められた評定ラインをクリアしないと、試合に出られない。

文武両道が求められる。

勉強も疎かにならず、バレーもできる厳しいところに自分の身を置くためには、アメリカが一番いいのかなと思いました。

『何を勉強したかわからへんけど大学行った』っていうのは、あんまり意味がないかなと思って」

引用元:Number Web

宮部藍梨選手は、お父さんがナイジェリア人でお母さんが日本人のハーフですが、だからといって、特別に英語が得意だったわけではなく、普通に中学・高校で習っただけの実力だったそうです。

それでも、アメリカの大学の講義に出席し、優秀な成績をキープしながら、バレーボールをやる、という生活環境に飛び込んだのですね。

 

日本にいる時には、かなり恵まれていると思えた自分の体格も、アメリカに行って、バレーボール選手の中に入ってしまうと「チームで下から2番目の身長」だったそうです。

それでも、サウスアイダホ大学2年目には、2年制大学の全米大会で優勝し、なんとMVPまで獲得しちゃったのだから、本当にすごい!!!

 

ミネソタ大学へ編入!

サウスアイダホ大学は、2年制大学でしたので、2019年夏に卒業となりましたが、その後、9月からはミネソタ大学に編入されます。

このミネソタ大学に編入するにあたり、宮部藍梨選手は自分がバレーボールをしている動画を撮影、それを自ら複数の大学に持ち込んで、編入先を探したというから、感心しきり!

自分の道は自分で切り開く!

なんてたくましい!

こうして、まさに自分の力で、バレーボールの強豪大学であるミネソタ大学に編入することになりました。

 

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ミネソタ大学のバレーボールを指導されていたのは、ヒュー・マッカーチョン監督。

この方は、アメリカのナショナルチームを率いた経験のある名将!

2008年北京五輪では、アメリカ男子代表を指揮して金メダルを獲得!

さらに、2012年のロンドン五輪では、女子チームを指揮して銀メダルを獲得されています。

宮部藍梨選手は、そんなすごい方に、指導してもらったんですね~

宮部藍梨選手は、2019年9月にミネソタ大学に編入した後、同大学の大学院に進学されました。

 

ミネソタ大学大学院を卒業し帰国!

宮部藍梨選手は、2022年5月に、ミネソタ大学大学院を無事に卒業されました!

アメリカでの留学生活は、2017年9月からですから、約4年9カ月ですね。

そして、日本に帰国すると同時に、再び日本代表に呼ばれた!というわけです。

宮部藍梨選手は、日本に帰国するやいなや、代表合宿に参加されています。

さらに、宮部藍梨選手は、V1リーグのチームである「ヴィクトリーナ姫路」に入団されたことも発表されました!

ですから、これからは、宮部藍梨選手の活躍を日本のV1リーグでも見ることができますよ!

日本代表選手として、そして、ヴィクトリーナ姫路の選手として、宮部藍梨選手が活躍されますように、応援していきたいと思います!

【ヴィクトリーナ姫路】
2016年3月に設立された日本のプロバレーボールチーム。
本拠地は、兵庫県姫路市
チームの公式WEBサイト:https://www.victorina-vc.jp/

まとめ

今回の記事では、『宮部藍梨の中学や小学校はどこ?金蘭会高校出身で現在はミネソタ大学?』と題して、宮部藍梨選手の学生時代について、深堀してみました。

現在の活躍ぶりからは想像できないですが、小学校・中学校時代は「バレーボールに夢中!!!」といった感じでもなく、バレーボールに取り組まれていたのが意外でしたね。

あまり勝ち負けにこだわらずバレーボールを楽しんでいた時代があったからこそ、今があるのかなとも感じます。

周囲の意見や、ライバル選手たちの進路に惑わされることなく、自分で考えて、自分に合ったやり方でバレーボールと向き合ってきた宮部藍梨選手。

アメリカでの約4年9カ月に渡る留学生活は、宮部藍梨選手の人生の宝物になったことでしょう。

宮部藍梨選手のこれからの活躍が楽しみでなりません!

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

この記事を書いた人
きちのすけ

はじめまして。「アスリート応援ノート」を運営している、きちのすけです。

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