大谷翔平の出身は岩手県奥州市(旧水沢市)!出身高校は花巻東で小中学校もまとめ

ロサンゼルス・ドジャースで投打二刀流を続ける大谷翔平選手。MVP4度、ワールドシリーズ連覇と、日本人メジャーリーガーの歴史を塗り替え続けています。

そんな大谷選手について「出身はどこ?」と検索すると、「岩手県奥州市」と書いてあるサイトと「岩手県水沢市」と書いてあるサイトの両方が出てきて、混乱した人も多いのではないでしょうか。

さらに「出身高校は?」「出身中学・小学校は?」「大学はどこ?」と、出身にまつわる疑問は意外とたくさんあります。

この記事では、奥州市の公式ホームページが公開している年表をもとに、大谷翔平選手の出身地と出身校を小学校から高校まで一つずつ確認していきます。

この記事の結論

・大谷翔平選手の出身地は岩手県奥州市。生まれた1994年当時の地名は「水沢市」で、どちらの表記も間違いではない
・出身高校は花巻東高等学校(岩手県花巻市)。実家からJR東北本線で約30km離れており、3年間は寮生活だった
・出身中学は奥州市立水沢南中学校、出身小学校は奥州市立姉体小学校。大学には進学せず、高卒で日本ハムに入団している

 

△この記事でわかること△
■大谷翔平の出身地は岩手県奥州市!「水沢市出身」表記の理由
■大谷翔平の出身高校は花巻東高校!実家から約30km離れた私立校
■大谷翔平の出身中学は奥州市立水沢南中学校
■大谷翔平の出身小学校は奥州市立姉体小学校
■大谷翔平は大学に進学していない!高卒でドラフト1位
■出身地・奥州市にある大谷翔平ゆかりのスポット4選

 

【追記/2026.8付】
奥州市公式ホームページの年表に、2026年7月「MLB日本人初の通算300本塁打達成」「日米通算350本塁打達成」が追記されました。地元・奥州市は今も「大谷翔平選手ふるさと応援団」として市を挙げて応援を続けています。新しい情報が入り次第、随時更新します。

 

大谷翔平さんの身長が193cmに修正された経緯は、こちらの記事でまとめています。

 

  1. 大谷翔平の出身地は岩手県奥州市!プロフィールと基本情報
    1. 1994年7月5日、岩手県水沢市(現・奥州市)で誕生
    2. 「水沢市出身」と「奥州市出身」が混在する理由は2006年の市町村合併
    3. 名前の「翔平」も出身地ゆかりの源義経に由来
  2. 大谷翔平の出身高校は花巻東高校!実家から約30km離れた私立校
    1. 花巻東高校の基本情報|私立の共学校で普通科のみ
    2. なぜ地元を離れて花巻東へ?憧れは3学年上の菊池雄星
    3. 高校3年間は寮生活「だいぶ変わったと思いますよ」
    4. 甲子園出場は2011年夏と2012年春の2回
    5. 花巻東は日本で6校目の「複数メジャーリーガー輩出校」
  3. 大谷翔平の出身中学は奥州市立水沢南中学校!所属は一関リトルシニア
  4. 大谷翔平の出身小学校は奥州市立姉体小学校!野球を始めたのは2年生
  5. 大谷翔平は大学に進学していない!高卒でドラフト1位から日本ハムへ
    1. 2012年9月にプロ志望届、10月にMLB挑戦を表明
    2. 日本ハムが強行1位指名、入団表明は地元・水沢のホテル
    3. 大谷翔平の出身チーム遍歴まとめ
  6. 大谷翔平の出身地・奥州市にある「ゆかりのスポット」4選
    1. ①奥州市役所・奥州市伝統産業会館の「握手像」
    2. ②水沢江刺駅西口の「デザインマンホール」
    3. ③奥州市まちなか交流館の「壁画」
    4. ④跡呂井の「田んぼアート」
  7. 大谷翔平と関連して読まれている記事
  8. 大谷翔平の出身についてのよくある質問
  9. まとめ

大谷翔平の出身地は岩手県奥州市!プロフィールと基本情報

まずは大谷翔平選手の出身に関する基本情報を、一覧で確認しておきましょう。

項目 内容
氏名 大谷 翔平(おおたに しょうへい)
生年月日 1994年7月5日
出身地 岩手県奥州市(生誕時の地名は岩手県水沢市)
出身小学校 奥州市立姉体小学校(2001年4月入学)
出身中学校 奥州市立水沢南中学校(2007年4月入学)
出身高校 花巻東高等学校(2010年4月入学)
出身大学 進学せず(高校卒業後にプロ入り)
プロ入り 2012年ドラフト1位・北海道日本ハムファイターズ
現所属 ロサンゼルス・ドジャース

 

小学校から高校まで、進学先はすべて岩手県内です。大谷選手は生まれてから高校を卒業するまで、一度も岩手県を出ていません。

 

1994年7月5日、岩手県水沢市(現・奥州市)で誕生

大谷翔平選手が生まれたのは1994年7月5日。当時の地名で言うと岩手県水沢市です。

奥州市の公式ホームページが公開している「大谷翔平選手の歩み(年表)」も、その一行目をこう記しています。

1994年7月5日 岩手県奥州市で誕生

引用元:奥州市公式ホームページ

 

奥州市は岩手県の内陸南部にある市で、県内では宮古市・一関市に次いで3番目に広く、人口は盛岡市に次ぐ規模を持ちます。世界遺産・平泉のすぐ北隣という土地柄でもあります。

 

「水沢市出身」と「奥州市出身」が混在する理由は2006年の市町村合併

検索すると「水沢市出身」と「奥州市出身」の両方が出てくるのは、大谷選手が生まれたあとに市町村合併が起きたからです。

奥州市が誕生したのは2006年(平成18年)2月20日。水沢市・江刺市・前沢町・胆沢町・衣川村の2市2町1村が合併して、新しく「奥州市」になりました。

大谷選手が生まれた1994年7月の時点では、まだ「水沢市」という名前の市でした。合併したのは大谷選手が11歳、小学5年生の年です。

時期 大谷翔平の出来事 当時の地名
1994年7月5日 誕生 岩手県水沢市
2001年4月 姉体小学校に入学 岩手県水沢市
2006年2月20日 小学5年生(当時11歳) 岩手県奥州市に変更
2007年4月 水沢南中学校に入学 岩手県奥州市

 

つまり、「岩手県水沢市出身」も「岩手県奥州市出身」も、どちらも間違いではありません。生まれた瞬間の地名を採るか、現在の地名を採るかの違いです。

実際、Wikipediaや一部の選手名鑑は「岩手県水沢市(現:奥州市)出身」と両方を併記していますし、奥州市の公式ページや報道は「奥州市出身」で統一しています。現在の地名で言うなら「岩手県奥州市」が正解と覚えておけば問題ありません。

なお、合併後の奥州市には「水沢区」などの地域自治区が置かれていましたが、こちらも2018年3月31日に廃止されており、現在の住所表記に「区」は付きません。

 

名前の「翔平」も出身地ゆかりの源義経に由来

出身地との縁は、名前そのものにも刻まれています。

「翔平」という名前は、地元・奥州平泉にゆかりのある源義経の「八艘飛び(はっそうとび)」のイメージから「翔」の字を取り、「平泉」の「平」と合わせて父・徹さんが名付けたものです。

平泉は奥州市の南隣にある町で、義経が最期を迎えた地として知られています。生まれ育った土地の歴史がそのまま名前になっている、というわけです。

 

大谷翔平の出身高校は花巻東高校!実家から約30km離れた私立校

大谷翔平選手の出身高校は、岩手県花巻市にある花巻東高等学校です。2010年4月に入学し、2013年3月に卒業しています。

同じ岩手県内ではありますが、実家のある奥州市水沢地区からは離れており、大谷選手は高校3年間を寮で過ごしました。

 

花巻東高校の基本情報|私立の共学校で普通科のみ

項目 内容
正式名称 花巻東高等学校(はなまきひがしこうとうがっこう)
略称 花東(はなとう)
設置者 学校法人花巻学院(私立)
所在地 岩手県花巻市松園町55-1
課程・学科 全日制課程・普通科(男女共学)
コース 特別進学/スポーツ/進学/ビジネス
創立 1956年(花巻商業高等学校として開校)
アクセス JR東北本線・釜石線 花巻駅より徒歩25分

 

花巻東高校は、1956年に「花巻商業高等学校」として開校した学校がルーツです。その後「富士短期大学付属花巻高等学校」を経て、1982年に谷村学院高等学校と合併し、現在の校名になりました。1996年に現在の松園町へ移転しています。

学科は普通科のみですが、その中に特別進学・スポーツ・進学・ビジネスの4コースが置かれており、同じ「花巻東高校」でもコースによって学びの内容が大きく異なります

 

なぜ地元を離れて花巻東へ?憧れは3学年上の菊池雄星

実家のある水沢地区から花巻東高校のある花巻市までは、JR東北本線の営業キロで比べると水沢駅(東京から470.1km)と花巻駅(同500.0km)の差で約30km。決して近くはありません。

それでも大谷選手が花巻東を選んだ理由は、はっきりしています。3学年上の先輩・菊池雄星投手への憧れです。

大谷選手が中学3年生だった2009年、花巻東は春のセンバツで決勝に進出。そのエースが菊池雄星投手(岩手県盛岡市出身)でした。この活躍を見た大谷選手は、同じ高校への進学を決めています。

そして入学時に掲げた目標が、次の3つでした。

  • 日本一になる
  • 日本人最速となる球速163km/hを記録する
  • ドラフトで菊池雄星を越える8球団から1位指名を受ける選手になる

高校1年生が立てる目標としては、かなり規格外です。この時期に、目標達成のための「マンダラチャート(マンダラート)」を作成したことでも知られています。

 

高校3年間は寮生活「だいぶ変わったと思いますよ」

花巻東進学にともない、大谷選手は実家を離れて寮生活を送りました。

大谷選手自身、この寮生活について「良い環境であり、自身が大きく変わるきっかけになった」と後に振り返っています。

何度も怒られました(中略)だから僕、高校でだいぶ変わったと思いますよ

引用元:Sports Graphic Number Web

 

生活や娯楽に制限を受けたことで、何が正しいのかを自分で考えて行動する重要性を学んだといいます。親以外の指導者から本格的に教わる経験も、このときが初めてでした。

指導したのは佐々木洋監督。「先入観は可能を不可能にする」という言葉を、大谷選手は今も心に刻んでいると語っています。

佐々木洋監督については、息子・佐々木麟太郎選手の記事で詳しくまとめています。

 

甲子園出場は2011年夏と2012年春の2回

花巻東時代の大谷選手は、甲子園に2回出場しています。

時期 大会 結果
2011年8月(2年夏) 第93回全国高校野球選手権 初戦・帝京高校に7-8で敗退
2012年3月(2年生の3月) 第84回選抜高等学校野球大会 初戦・大阪桐蔭高校に2-9で敗退

 

最上級生となった3年夏は、岩手大会の準決勝・一関学院高校戦で、アマチュア野球史上初となる160km/hを記録。この試合は7回3安打1失点13奪三振でコールド勝ちしました。

しかし決勝の盛岡大学附属高校戦で3-5と敗れ、3年夏の甲子園出場はなりませんでした。

甲子園での通算成績は、投手として14回を投げ防御率3.77・16奪三振。打者としては2試合で打率.333・1本塁打です。

 

花巻東は日本で6校目の「複数メジャーリーガー輩出校」

花巻東高校が「大谷翔平の出身校」として全国区になった背景には、もう一つの事実があります。

2018年に菊池雄星投手がMLBへ渡ったことで、花巻東は複数のメジャーリーガーを輩出した日本の高校として史上6校目になりました。

野球部からは他にも、西舘勇陽投手(読売ジャイアンツ)、松本遼大投手(北海道日本ハムファイターズ)、そしてスタンフォード大学へ進んだ佐々木麟太郎選手などが巣立っています。

 

大谷翔平の出身中学は奥州市立水沢南中学校!所属は一関リトルシニア

大谷翔平選手の出身中学は、奥州市立水沢南中学校です。奥州市の公式年表によれば、入学は2007年4月

中学時代の所属チームは、学校の部活動ではなく硬式野球の一関リトルシニアでした。ここでも全国大会に出場しています。

この時期の逸話として有名なのが、中学1年生のときに福島県相馬市内の野球場で放った打球です。合宿中に打った打球が場外へ飛び出し、近くの歩行者用信号機に当たって壊してしまったと、父・徹さんが後に明かしています。

 

なお、少年時代に憧れた選手は、打者では松井秀喜さん、投手ではダルビッシュ有投手だったと語っています。

 

大谷翔平の出身小学校は奥州市立姉体小学校!野球を始めたのは2年生

大谷翔平選手の出身小学校は、奥州市立姉体小学校(あねたいしょうがっこう)。入学は2001年4月です。

「姉体」という地名は、1954年に水沢町・姉体村などが合併して水沢市が誕生する前の「姉体村」に由来します。大谷選手の入学時は「水沢市立姉体小学校」で、2006年の合併にともなって現在の「奥州市立姉体小学校」になりました。

野球を始めたのは小学2年生のとき。7歳上の兄・龍太さんの影響で、地元の水沢リトルリーグに入りました。ここでも全国大会に出場しています。

 

小学生時代のエピソードには、すでに「規格外」の片鱗が見えます。

  • 小学5年生で球速110km/hを岩手県営野球場で記録
  • リトルリーグの練習では右翼方向へ場外本塁打を連発し、球場の右翼後方近くに川があったため「引っ張り禁止令」が出た
  • 小学6年時のリトルリーグ本塁打競争で、15球中11本を柵越えさせて優勝

当時バッテリーを組んでいた捕手は、大谷選手の球について「恐怖を感じるほど球が速かった」と振り返っています。

 

大谷翔平は大学に進学していない!高卒でドラフト1位から日本ハムへ

「大谷翔平 出身大学」で検索する人も多いのですが、結論から言うと大谷翔平選手は大学に進学していません。花巻東高校を卒業してそのままプロ入りしています。

しかも、当初の進路希望は日本のプロ野球ですらありませんでした。

 

2012年9月にプロ志望届、10月にMLB挑戦を表明

高校3年生の2012年9月18日、大谷選手はプロ志望届を提出。当初は「(MLBかNPBかは)五分五分」と語っていました。

その後、ドジャース・レンジャーズ・レッドソックスなどとの面談を経て、10月21日にMLBへの直接挑戦を表明します。

会見では「日本のプロよりもメジャーリーグへの憧れが強く、マイナーからのスタートを覚悟の上でメジャーリーグに挑戦したい」と語り、国内球団への入団については「可能性はゼロ」とまで明言していました。

 

日本ハムが強行1位指名、入団表明は地元・水沢のホテル

それでも2012年10月25日のドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズが単独1位で大谷選手を指名します。

そして約1か月半の交渉の末、2012年12月9日、奥州市のホテルプラザイン水沢で入団を表明しました。地元・奥州市での会見だったという点は、あまり知られていないかもしれません。

その後の歩みはご存じのとおりです。

  • 2015年1月11日には、奥州市の成人式に参加
  • 2017年12月9日、MLBロサンゼルス・エンゼルス入団会見
  • 2023年12月14日、MLBロサンゼルス・ドジャース入団会見
  • 2026年7月、MLB日本人初の通算300本塁打を達成

 

大谷翔平の出身チーム遍歴まとめ

「大谷翔平 出身チーム」という検索も多いため、小学生時代から現在までの所属チームを時系列でまとめます。

時期 所属チーム 拠点
小学2年〜6年 水沢リトルリーグ 岩手県(旧水沢市)
中学時代 一関リトルシニア 岩手県一関市
2010〜2012年 花巻東高等学校 岩手県花巻市
2013〜2017年 北海道日本ハムファイターズ 北海道札幌市
2018〜2023年 ロサンゼルス・エンゼルス 米国カリフォルニア州
2024年〜現在 ロサンゼルス・ドジャース 米国カリフォルニア州

 

高校卒業までの所属は、すべて岩手県内のチームだったことがわかります。

 

大谷翔平の出身地・奥州市にある「ゆかりのスポット」4選

出身地・奥州市には、大谷選手にちなんだスポットが点在しています。奥州市の公式ホームページや観光物産協会が「大谷翔平ホームタウンMAP」として案内しているものを中心に、4か所を紹介します。

 

①奥州市役所・奥州市伝統産業会館の「握手像」

奥州市役所本庁舎の1階と、奥州市伝統産業会館の2か所に、大谷選手本人を3Dスキャナで型取りして制作された真鍮製の握手像があります。

奥州市を代表する地場産品・南部鉄器の技術で作られたもので、伝統産業会館の像は2024年2月末に青色へ「お色直し」されました。伝統産業会館には直筆サイン入りグッズも展示されています。

 

②水沢江刺駅西口の「デザインマンホール」

2025年6月16日、奥州市の玄関口であるJR水沢江刺駅の西口に、大谷選手のデザインマンホールカバーが設置されました。

MLBの企画で、リーグで活躍する日本人選手12名のマンホールが各選手のゆかりの地に順次設置されているもの。スマートフォンでスキャンすると、大谷選手の「物語」をARショートムービーで楽しめる仕掛けになっています。

なお、観覧用の臨時駐車場は運用が終了しているため、訪れる際は水沢江刺駅隣接の駐車場などを利用し、路上駐車をしないよう奥州市が呼びかけています。

 

③奥州市まちなか交流館の「壁画」

奥州市水沢のメイプル西館1階「奥州市まちなか交流館」では、大谷選手の壁画が公開されています。入場は無料で、営業時間は9:00〜20:00(休館日などは事前に確認が必要)。JR水沢駅から徒歩10分ほどです。

手がけたのは、ロサンゼルスを拠点に活動する壁画アーティストのロバート・バルガス氏。ロサンゼルス・ボイルハイツ生まれで、大谷選手の現在の本拠地とも縁がある人物です。

 

④跡呂井の「田んぼアート」

奥州市の跡呂井(あとろい)地区では、地域の農家を中心とした実行委員会が毎年田んぼアートを制作しています。

2026年の図柄も大谷選手をイメージしたイラストで、テーマは「野球しようぜ!2026」。実行委員会によると見頃は6月下旬から8月下旬までで、なかでも7月はじめからお盆前までの1か月間がもっとも美しいとのことです。

 

大谷翔平と関連して読まれている記事

大谷翔平選手やご家族に関連する記事もあわせてご覧ください。

 

大谷翔平の出身についてのよくある質問

Q. 大谷翔平の出身地は結局どこですか?
A. 現在の地名では岩手県奥州市です。生まれた1994年当時は「岩手県水沢市」で、2006年2月20日の市町村合併により奥州市になりました。どちらの表記も誤りではありません。

 

Q. 大谷翔平の出身県は?
A. 岩手県です。生まれてから高校卒業まで、進学先も所属チームもすべて岩手県内でした。

 

Q. 大谷翔平の出身高校の偏差値はどのくらいですか?
A. 花巻東高校は普通科のみですが、特別進学・スポーツ・進学・ビジネスの4コースに分かれており、コースによって入試の難易度が異なります。学校が偏差値を公表しているわけではないため、受験情報サイトなどで見かける数値はあくまで民間の推計値である点に注意が必要です。

 

Q. 大谷翔平の出身校の平均年収というデータはありますか?
A. 「出身校 平均年収」という検索が見られますが、花巻東高校が卒業生の平均年収を公式に集計・公表しているデータは確認できません。進路情報サイトなどが独自に推計した数値が出回っているものと考えられます。

 

Q. 大谷翔平はなぜ地元の高校ではなく花巻東に進学したのですか?
A. 中学3年生だった2009年、花巻東が春のセンバツで決勝に進出した際のエース・菊池雄星投手に憧れたためです。母・加代子さんは「菊池雄星君たちの代で全国優勝していたら違う高校に入っていた」と本人が話していたと明かしています。

 

Q. 大谷翔平の母の出身高校はどこですか?
A. 母・大谷加代子さんは元バドミントン選手で、神奈川県の横浜立野高校から三菱重工横浜へ進んでいます。詳しくは大谷翔平の母の記事でまとめています。

 

Q. 「大谷翔平」の読み方と表記ゆれは?
A. 読みは「おおたに しょうへい」です。検索では「大谷翔平」のほか「オオタニサン」「Shohei Ohtani」といった表記も使われますが、いずれも同一人物を指しています。

 

まとめ

大谷翔平選手の出身地は岩手県奥州市で、生まれた1994年当時の地名は「水沢市」。2006年2月20日の合併で奥州市になったため、両方の表記が世の中に混在しています。

出身高校は岩手県花巻市の花巻東高等学校。実家からJR東北本線で約30km離れており、3年間は寮生活でした。進学の決め手は、3学年上の菊池雄星投手への憧れです。

出身中学は奥州市立水沢南中学校(所属は一関リトルシニア)、出身小学校は奥州市立姉体小学校(所属は水沢リトルリーグ)。野球を始めたのは小学2年生のときでした。

大学には進学しておらず、2012年のドラフトで日本ハムから1位指名を受け、地元・奥州市のホテルで入団を表明しています。

出身地の奥州市には、南部鉄器の技術で作られた握手像やデザインマンホール、壁画、田んぼアートなど、大谷選手ゆかりのスポットが今も増え続けています。

大谷選手の家族については母・加代子さんの記事妻・真美子さんの記事もあわせてどうぞ。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

この記事を書いた人
きちのすけ

はじめまして。「アスリート応援ノート」を運営している、きちのすけです。

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