横浜DeNAベイスターズで鮮烈なデビューを果たし、明るい笑顔と勝負強い打撃でファンを魅了する度会隆輝(わたらい りゅうき)選手。2023年ドラフト1位で入団し、セ・リーグを代表するスラッガーとして大きな注目を集めています。
そんな度会選手の活躍を見るたびに話題になるのが、「父親もプロ野球選手だったのか?」という家族のルーツです。実は度会選手の父は、元ヤクルトスワローズで15年間にわたり活躍した名バイプレーヤーでした。
この記事では、父・度会博文さんの現役時代の経歴や成績、家族に伝わる熱血な教育方針、母・祥子さんの手作りバッティングゲージや兄・基輝さんとの絆、そしてヤクルト指名回避の真相までを報道や一次情報をもとに詳しくまとめます。
・度会隆輝選手の父は、元東京ヤクルトスワローズの度会博文(わたらい ひろぶみ)さん(1972年1月26日生まれ・千葉県出身)
・現役時代は15年間ヤクルト一筋でプレーし、「スーパーサブ」「右の代打の切り札」として492試合に出場した名選手
・現在は東京ヤクルトスワローズの球団職員として、ベースボールアカデミーのヘッドコーチを務め後進を育成
・母・祥子さんは自宅庭に「手作りバッティングゲージ(Tゲージ)」を設置して練習を支え、神宮球場でキッチンカー「T-gauge Coffee」を営業中(2026年6月には始球式に登板)
・兄・度会基輝さんも拓大紅陵高校〜中央学院大学〜JPアセット証券でプレーした野球選手で、家族4人全員が深く野球に関わる「野球一家」
■度会隆輝の父は元ヤクルトの度会博文さん
■度会博文さんの学歴と現役時代の経歴・成績
■父・博文さんの熱血教育方針|挨拶の徹底と「野球を楽しむ」原点
■2023年ドラフト会議|父・博文さんが見せた「3球団への感謝」
■度会隆輝の家族構成|母・祥子さんと兄・基輝さん
■度会隆輝にまつわる噂を検証|ヤクルト指名回避・ハーフ説・結婚
度会隆輝選手は横浜DeNAベイスターズの主力外野手として攻守に躍動を続けています。一方、母・祥子さんは神宮球場外周のキッチンカー「T-gauge Coffee」でファンに親しまれ、父・博文さんもヤクルトアカデミーでジュニア世代の育成に尽力しています。新しい情報が入り次第、随時更新します。
度会選手と同じく父親がプロ野球関係者・名将として知られる佐々木麟太郎選手の父・佐々木洋監督の記事もあわせてご覧ください。
度会隆輝の父は元ヤクルトの度会博文さん
度会隆輝選手の父親は、元東京ヤクルトスワローズの内野手・外野手として活躍した度会博文(わたらい ひろぶみ)さんです。
まずは父・度会博文さんの基本プロフィールを整理します。
| 項目 | 情報 |
|---|---|
| 名前 | 度会 博文(わたらい ひろぶみ) |
| 生年月日 | 1972年1月26日(2026年8月時点で54歳) |
| 出身地 | 千葉県船橋市 |
| 身長・体重 | 180cm/80kg(現役時) |
| 投打 | 右投右打 |
| 学歴 | 八千代松陰高等学校 → 中央学院大学 |
| プロ入り | 1993年ドラフト3位(ヤクルトスワローズ) |
| 現役時の所属 | ヤクルトスワローズ/東京ヤクルトスワローズ(1994年〜2008年) |
| 現在の職業 | 東京ヤクルトスワローズ球団職員/ベースボールアカデミー ヘッドコーチ |
| 家族 | 妻・祥子さん/長男・基輝さん/次男・隆輝選手 |
「度会(わたらい)」という苗字は全国的にも珍しく、三重県伊勢市の度会郡などにルーツを持つ由緒ある姓です。父・博文さんは千葉県出身で、プロ野球界でも非常に親しまれた名選手でした。
度会博文さんの学歴と経歴|草野球スカウトからヤクルト15年の軌跡
父・度会博文さんは、プロ野球界でも極めて珍しい「草野球のプレーをスカウトに見出されてドラフト指名された」という異色の経歴を持っています。
八千代松陰高から中央学院大へ|神宮外苑の草野球で見出された入団秘話
度会博文さんは千葉県の八千代松陰高校に進学し、遊撃手としてプレーしました。高校時代は甲子園出場こそ叶いませんでしたが、強肩強打の内野手として活躍。
高校卒業後は千葉県大学野球リーグに所属する中央学院大学に進学します。当時の中央学院大学は現在のような全国区の強豪ではなく、リーグ戦も注目度の高い舞台ではありませんでした。
ところが大学4年時、明治神宮外苑で行われていた草野球でプレーしていたところ、当時のヤクルトスワローズの名物スカウト・片岡宏雄氏の目に留まったのです。
明治神宮外苑で草野球をやっていたところ、ヤクルトの片岡宏雄スカウトの目に留まり、1993年のドラフト3位でヤクルトスワローズに入団した
引用元:日刊スポーツ
無名のリーグからドラフト上位指名(3位)でプロ入りを勝ち取ったこのエピソードは、プロ野球ファンの間でも伝説的なスカウティング劇として知られています。
ヤクルト一筋15年|「スーパーサブ」「右の代打の切り札」としての活躍
1994年にヤクルトに入団した度会博文さんは、野村克也監督のもとで徹底的に野球脳とポジショニングを鍛え上げられました。
現役時代の度会博文さんの最大の特徴は、投手と捕手以外のすべてのポジションを守ることができる究極のユーティリティー性でした。内野の全ポジション(一塁・二塁・三塁・遊撃)だけでなく、外野(左翼・中堅・右翼)も完璧にこなし、チームの危機を何度も救いました。
さらに打撃面でも勝負強さを発揮し、若松勉監督時代には「右の代打の切り札」として黄金期のヤクルトを支えました。
| 指標 | 通算成績 |
|---|---|
| 出場試合数 | 492試合 |
| 打数 | 667打数 |
| 安打数 | 167安打 |
| 本塁打 | 13本 |
| 打点 | 79打点 |
| 打率 | .250 |
数字以上の存在感を放ち、ベンチに1人いるだけでチームの戦術の幅が広がる存在として、2008年まで15年間にわたりヤクルト一筋で現役生活を全うしました。
元ヤクルトの選手としては、同じ時代に活躍した池山隆寛監督の現役時代もヤクルト黄金期を象徴するスターとして知られています。
引退後はコーチ・広報・アカデミーヘッドコーチとしてヤクルトに貢献
2008年シーズン限りで現役を引退した度会博文さんは、引退後もヤクルト球団に残り続けました。
引退直後の2009年から2010年までは二軍外野守備走塁コーチを務め、その後は球団広報、営業部などを歴任。明るく誠実な人柄で選手やメディア、ファンから絶大な信頼を集めました。
現在は東京ヤクルトスワローズ ベースボールアカデミーのヘッドコーチを務めており、小中学生やジュニア世代に向けた野球教室で基本技術と野球の楽しさを伝えています。
父・博文さんの熱血教育方針|挨拶の徹底と「野球を楽しむ」原点
度会隆輝選手といえば、トレードマークである満面の笑顔と「最高で〜す!」の決めゼリフ、そして誰に対しても丁寧な礼儀正しさが印象的です。その人間性は、父・博文さんの徹底した教育方針によって育まれました。
「裏方さんにも全員挨拶しなさい」クラブハウスでの教え
幼少期、兄の基輝さんと弟の隆輝選手は、父・博文さんに連れられて神宮球場のクラブハウスや練習場を頻繁に訪れていました。
その際、父が兄弟に最も厳しく課したのが「挨拶の徹底」でした。
選手だけでなく、グラウンドキーパーさん、用具係さん、警備員さん、裏方さん全員に自分から大きな声で挨拶をしなさいと教え込まれました。野球が上手いことよりも、人として感謝と礼儀を持つことが一番大切だと父は言っていました
引用元:サンケイスポーツ
この教えを守り続けた結果、度会選手は横浜高校、社会人野球のENEOS、そしてDeNAに入団した後も、スタッフやファンへの感謝を忘れない姿勢が高く評価されています。
道具を大切にする心と全力疾走の習慣
父・博文さんは技術的な細かな指導を無理強いすることは一切ありませんでしたが、「道具の手入れ」と「凡打でも一塁まで全力疾走すること」には人一倍厳しかったといいます。
グローブやバットを乱暴に扱うことは決して許さず、試合でアウトになっても最後まで諦めずに走り切る姿勢を叩き込みました。この愚直な全力プレーの姿勢が、度会選手の現在のダイナミックなプレースタイルに直結しています。
同じくプロ野球選手の父親による熱心な指導といえば、大谷翔平選手の父・大谷徹さんの少年野球指導でも基礎と全力疾走の習慣が重視されていました。
怒らない指導法|「最高で〜す!」を生んだポジティブマインド
父・博文さんの教育方針のもう一つの大きな柱は、「失敗しても怒らず、野球をとにかく楽しませる」ことでした。
三振をしても「ナイススイング!次は打てるぞ」と声をかけ、常に前向きな言葉で息子の自己肯定感を高めました。家庭内でも常に笑いが絶えず、明るい雰囲気が保たれていたからこそ、度会選手の「最高で〜す!」に象徴される天真爛漫なポジティブマインドが完成したのです。
野球を嫌いになってほしくなかった。だから怒ることはほとんどしなかった。打てなくても『良いスイングだったよ、次は大丈夫』と声をかけるようにしていました
引用元:FLASH
2023年ドラフト会議|父・博文さんが見せた「3球団への感謝」
度会隆輝選手のプロ入りまでの道のりは、決して順風満帆なエリート街道だけではありませんでした。その挫折と栄光の瞬間にも、父の温かい支えがありました。
2020年高校時の指名漏れからENEOSで社会人MVP・3冠へ
名門・横浜高校で1年春からレギュラーを掴み、高校通算24本塁打を記録した度会選手は、2020年のドラフト会議でプロ志望届を提出しました。しかし、結果はまさかの「指名漏れ」。
悔し涙を流した度会選手に対し、父・博文さんは「この悔しさを忘れずに社会人で一番の選手になればいい」と優しく励ましたといいます。
進学した社会人野球の名門・ENEOSで、度会選手は猛練習を重ねました。2022年の第93回都市対抗野球大会では、チームを9年ぶりの優勝に導き、自身も橋戸賞(MVP)・打撃賞・若獅子賞(新人賞)の3冠を総なめにする大活躍を見せました。
3球団競合の瞬間と親子の涙
迎えた2023年10月26日のドラフト会議。度会選手には横浜DeNAベイスターズ、中日ドラゴンズ、千葉ロッテマリーンズの3球団が1位指名で競合しました。
抽選の結果、DeNAの三浦大輔監督が見事に交渉権を獲得。指名の瞬間、度会選手は号泣しながら喜びを爆発させました。
高校時代に指名漏れを経験して本当に悔しい思いをしましたが、社会人で成長してこうして1位指名をいただけて、支えてくれた両親や指導者の方々に感謝の気持ちでいっぱいです
引用元:Full-Count
指名球団だけでなく外れた中日・ロッテへの配慮あるコメント
このドラフト会議直後のインタビューで、父・度会博文さんが残したコメントは、全国の野球ファンや関係者から大絶賛を浴びました。
指名してくださったベイスターズさん、そして中日ドラゴンズさんと千葉ロッテマリーンズさんに心より感謝しております。競合して名前を呼んでくださったこと自体が本当にありがたいことです
引用元:デイリースポーツ
当たりくじを引いたDeNAだけでなく、外れてしまった中日とロッテに対しても真っ先に敬意と感謝を述べたこの言葉は、父・博文さんの誠実な人柄と深い野球愛を象徴する名言として語り継がれています。
ドラフト上位選手の家族エピソードとしては、平嶋桂知選手(大阪桐蔭)のご家族や佐々木朗希投手の高校進学でも周囲への感謝が話題になりました。
度会隆輝の家族構成|母・祥子さんと兄・基輝さん
度会家は父・母・長男(基輝さん)・次男(隆輝選手)の4人家族です。
| 続柄 | 氏名 | 情報 |
|---|---|---|
| 父 | 度会 博文(ひろぶみ)さん | 元ヤクルトスワローズ選手/現ヤクルト・アカデミーヘッドコーチ |
| 母 | 度会 祥子(さちこ)さん | 神宮球場キッチンカー「T-gauge Coffee」店長/練習用Tゲージ考案者 |
| 長男(兄) | 度会 基輝(もとき)さん | 元拓大紅陵高・中央学院大・JPアセット証券内野手/明治神宮外苑勤務 |
| 次男(本人) | 度会 隆輝(りゅうき)選手 | 横浜高校〜ENEOS〜横浜DeNAベイスターズ(2023年ドラフト1位) |
母・度会祥子さん|自宅庭の「手作りTゲージ」と神宮球場「T-gauge Coffee」
度会兄弟の打撃の土台を築いた影の立役者が、母の祥子(さちこ)さんです。
隆輝選手が幼い頃、雨の日でも夜でも思い切りバッティング練習ができるようにと、自ら研究してホームセンターで単管パイプや資材をトラックで調達し、自宅の庭に約1ヶ月かけて手作りのバッティングゲージ(通称:Tゲージ)を設置しました。
母・祥子さんは仕事や家事の合間を縫って、毎晩のように息子たちのトスバッティングの相手を務めました。兄弟が何百球、何千球と打ち込むボールを笑顔で上げ続けた母の献身こそが、度会選手の驚異的なミート力と打撃技術の原点です。
現在、母・祥子さんは神宮球場の外周でキッチンカー「T-gauge Coffee」の店長を務めています。この店名は、まさに息子たちと汗を流した自宅の手作り「Tゲージ」に由来しており、ヤクルトファンや野球ファンから大人気のスポットとなっています。
2026年6月神宮球場での始球式|捕手は長男・基輝さん、父・博文さんが見守る
2026年6月3日、神宮球場で行われたヤクルト対ロッテ戦の「はたらくひと応燕シリーズ」において、母・祥子さんが始球式(ファーストピッチセレモニー)に登板しました。
この始球式では、捕手役を長男の度会基輝さん(明治神宮野球場販売部に勤務)が務め、夫の博文さんがベンチ横で温かく見守るという感動的な度会ファミリーの共演が実現。祥子さんは見事なノーバウンド投球を披露し、スタンドのファンから割れんばかりの拍手が送られました。
球場で働く人を代表してマウンドに立たせていただき、本当に光栄でした。温かいご声援をいただき感謝の気持ちでいっぱいです
引用元:デイリースポーツ
実は2008年10月の父・博文さんの引退セレモニーでも、当時小学4年だった長男・基輝さんが投手、小学1年だった次男・隆輝選手が捕手を務めて始球式を行っており、神宮球場は度会家にとって家族の歴史が詰まった特別な場所となっています。
兄・度会基輝さん|拓大紅陵・中央学院大・JPアセット証券でプレーした兄の背中
度会隆輝選手の3歳年上の兄・度会基輝(もとき)さんも、高い実力を持った野球選手でした。
千葉県の名門・拓大紅陵高校から、父の母校でもある中央学院大学に進学。内野手としてレギュラーを掴み、卒業後は社会人野球のJPアセット証券硬式野球部でプレーしました。
兄弟仲は非常に良く、隆輝選手は「兄の背中を追いかけて野球を続けてきた」と語っています。兄・基輝さんの存在が常に身近な良きライバルであり、刺激となっていたことは間違いありません。
アスリート兄弟の絆については、近藤健介選手とお兄さんのエピソードでも家族の強い絆が描かれています。
度会隆輝にまつわる噂を検証|ヤクルト指名回避・ハーフ説・結婚
ネット上で検索されている度会隆輝選手に関する様々な噂や疑問について、事実関係を検証します。
①なぜヤクルトは指名しなかった?指名回避の理由を検証
父・博文さんがヤクルトの球団職員であることから、「なぜヤクルトは度会隆輝選手をドラフトで指名しなかったのか?」という疑問を持つファンが多く存在します。
これについては、当時のヤクルトのチーム編成上の補強ポイント(投手の補強が最優先だったこと)と、前年に同タイプの左打ち内野手・外野手を獲得していたことが主な要因とされています。
また、父が球団職員であることによる周囲への配慮や、ドラフトはあくまで完全な実力・編成優先で行われるというプロ野球の原則に基づいた結果であり、不仲や確執といったネガティブな理由は一切ありません。
②ハーフ説の真相
「度会隆輝 ハーフ」という検索ワードも見られますが、度会隆輝選手はハーフではありません。
父・博文さんは千葉県出身の日本人であり、母・祥子さんも日本人です。くっきりとした端正な顔立ちと明るく開放的なキャラクターからハーフと勘違いされることがありますが、純日本人です。
③結婚や彼女・熱愛の噂
度会隆輝選手の結婚事情について調べたところ、2026年8月時点で度会隆輝選手は独身で、結婚していません。
なお、度会選手は2025年2月に自身の公式Instagramにおいて、女性インフルエンサーの「なっちー」さんと真剣交際していることを公表しています。「2人とも仕事に向かって全力で頑張ります」と前向きなメッセージを発信しており、ファンからも温かい応援が寄せられています。
プロ野球選手の結婚や家族事情については、中田翔選手の奥さんや家族構成や栗原陵矢選手の結婚事情も人気を集めています。
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度会隆輝の父についてのよくある質問
Q. 度会隆輝の父の名前と職業は?
A. 名前は度会博文(わたらい ひろぶみ)さんです。元東京ヤクルトスワローズの内野手・外野手で、現在は東京ヤクルトスワローズの球団職員およびベースボールアカデミーのヘッドコーチを務めています。
Q. 度会隆輝の父は何歳ですか?
A. 1972年1月26日生まれのため、2026年8月時点で54歳です。
Q. 度会博文さんの現役時代の成績は?
A. ヤクルト一筋で15年間プレーし、通算492試合出場、167安打、13本塁打、79打点、打率.250を記録しました。「スーパーサブ」「右の代打の切り札」として活躍しました。
Q. 「度會」という漢字表記も見かけますが正しいですか?
A. 「度會」は「度会」の旧字体表記です。戸籍や正式な表記で「度會」と書かれることがありますが、報道やメディア、NPB登録名では一般的な常用漢字である「度会」が使用されています。
Q. 度会隆輝の母はどんな人ですか?
A. 母の名前は度会祥子(さちこ)さんです。自宅の庭に手作りのバッティングゲージ(Tゲージ)を作って息子の練習を支え、現在は神宮球場外周でキッチンカー「T-gauge Coffee」を営業しています。2026年6月には神宮球場の始球式にも登板しました。
Q. 度会隆輝の兄も野球選手ですか?
A. はい。3歳年上の兄・度会基輝(もとき)さんは、拓大紅陵高校から中央学院大学を経て社会人野球のJPアセット証券でプレーしました。現在は明治神宮野球場販売部に勤務しています。
Q. 度会隆輝選手は結婚していますか?
A. 2026年8月時点で独身です。2025年2月に女性インフルエンサーのなっちーさんとの交際を公表しています。
まとめ
横浜DeNAベイスターズで活躍する度会隆輝選手の父は、元東京ヤクルトスワローズの度会博文さん(1972年1月26日生まれ・千葉県出身)です。
八千代松陰高校から中央学院大学を経て、草野球でのプレーをスカウトに見出されて1993年ドラフト3位でヤクルトに入団。15年間にわたりスーパーサブや代打の切り札としてチームを支えました。
引退後はコーチや広報を経て、現在はヤクルト球団のベースボールアカデミーヘッドコーチとしてジュニア世代の育成に携わっています。
父の教育方針である「裏方さんへの挨拶の徹底」「道具を大切にする心」「失敗しても楽しむ姿勢」が、度会選手の明るく礼儀正しい人間性と全力プレーの土台を築きました。
2023年のドラフト会議ではDeNA・中日・ロッテの3球団が競合し、父・博文さんは外れた球団にも真っ先に感謝を述べる誠実な姿で称賛を集めました。
家族構成は父・母・兄・本人の4人家族で、母・祥子さんは自宅の手作りTゲージで練習を支え、神宮球場で「T-gauge Coffee」を営業。兄・基輝さんも社会人野球までプレーした野球選手です。
ヤクルト指名回避は当時のチーム編成上の判断によるものであり、ハーフ説はデマで純日本人、2026年現在は独身です。
佐々木麟太郎選手の父・佐々木洋監督の記事や大谷翔平選手の父・大谷徹さんの記事も、あわせてご覧ください。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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